第9章「奪う者、繋ぐ者」第3話「恵の取引」
根の層を優しく撫でるように、
しっとりとした気配が戻ってきた。
「……来た。」
ミコルが静かに頷く。
土の奥からぬるりと現れた菌根菌は、
体の中に貯えた微細な粒をそっと落とした。
それは――リン。
王国が必要としていた命の粒だった。
リュミエールが、
王国の貯蔵庫から持ってきた光合成産物を渡すと、
菌根菌は震えるように体を波立たせた。
「リン、やった。光、もらう。嬉しい。」
声にならない声が、
根の周りに微かに溶けた。
その瞬間、
王国の隅々へと、
再生の気配が染み渡っていく。
根の先で止まっていた成長が再び動き出す。
乾いていた葉が、ふわりと膨らみ、
細胞の一つひとつが命を思い出したように震えた。
赤紫に染まっていた葉脈には、
ゆっくりと緑が戻っていく。
「……ありがとう。
これで、王国はしばらく大丈夫。」
ミコルが膝をつき、
菌根菌の細い菌糸に指先を当てて、そう囁いた。
菌糸は微かに揺れ、
「水、やる。光、もらった。嬉しい。まだ、ある。」
そう言って――
次の栄養素を土の上にそっと置いた。
「これは……カリウム? それに……鉄、マンガン……水までくれるのか。」
ミコルは一つひとつ確かめながら、
丁寧に分別し、処理していく。
菌根菌がくるりと体を揺らしながら、さらに言葉を紡いだ。
「隣の国、くれた。大きい。
いろいろ、くれた。
生きるための、粒。
共に生きる。言った。」
ミコルは一瞬だけ目を見開いたが、
すぐに頷いてつぶやく。
「……なるほど、隣の大国か。
菌根菌を通して、援助をしてくれるとは…。
すごい、カルシウムやマグネシウム――アミノ酸まで。これは我が国からも何か贈り物をしないといけないな。」
リュミエールは横で、ただ息を呑む。
言葉も追いつかないほどに、
ミコルは菌根菌の声を聞き、理解し、
まるでずっと前からこの世界の言葉を話していたようだった。
「ミコル様って……やっぱり、すごい……」
リュミエールの呟きに、ミコルは振り向きもせず、
「ふふ。慣れさ。長いこと、菌と一緒にいるからね。」
と、土の奥に向けて笑った。
その穏やかな時間の中で、
王国の根は潤いを取り戻していった。
けれど――
誰もまだ気づいていなかった。
菌根菌の背後、
湿った土をわずかに凹ませながら、
ひとつの影が、
静かに、ゆっくりと――近づいていることを。
植物は,地下で菌根菌等を通してネットワークを形成しています。とある植物が,隣の植物に物資を供給するといったこともあります。森林はあたかも一つの生物のようにふるまっているんですね。




