第1章「静かな兆し」第4話~歪んだ根~
葉を抜け、茎をすり抜け――
彼らは、ゆっくりと根の奥へとたどり着いた。
湿った静寂と土の匂いが、
四人の足元を包み込む。
目の前には、
幾筋もの根が網の目のように絡み合い、
その広い範囲にわたって灰色の硬化が広がっていた。
「……これは……。」
ミコルが思わず声を漏らす。
根の表皮を撫でた指先が、
わずかに力を失ったように止まる。
「思っていた以上ですね……
ここまで広範囲に硬化が進んでいるとは。」
ノアは硬化した部分に手をかざし、
封衛の印をそっと刻む。
「感染の痕跡は……今のところ、見つからない。そうだとしても、これほど硬くなれば流れは鈍る。」
トウカは剣の柄に手をかけたまま、
リュミエールの方を振り返った。
リュミエールは物音ひとつさせないように、
ただ足元の根を見つめている。
「……あんた、じっとしてどうするの。」
トウカの声が少しだけ冷たく刺さった。
「“何者でもない”ってのは、
何もしなくていい理由にはならないよ。」
リュミエールの喉が小さく鳴ったが、
それ以上の言葉は出てこなかった。
土の奥で、ミコルの声が低く響く。
「……おかしいな。」
ミコルが根に手を置いたまま、
小さく息を吐いた。
「ここまで広がっているのに、
これほどまでに異質で……
何か、明確な原因があるはずだ……。」
土の奥を探るように視線を落とすミコルの声が、
湿った空気にかき消される。
そのときだった。
土の隙間を縫うように、
冷たい気配が根の奥を撫でた。
空気がひりつき、
土がわずかに軋む。
ノアは刻んだ封衛の印を確かめ、
土に触れた指先をわずかに強く握り込む。
「……誰だ。」
気配の奥で、
何かが薄く笑ったように思えた。
「誰だ……答えろ。」
トウカの声も震えを帯びる。
剣の刃先が湿った根の上をかすめた。
リュミエールの視界の端で、
それは影のように揺れていた。
形は掴めない。
輪郭はすぐに溶けて、また滲む。
――ひび割れた声のような囁きが
根の奥に降りてきた。
『……誰、か。
名なんて……どうでもいいこと。
ただ、ここにいるだけ。』
土の奥がふっと軋んだ。
『……何が怖いの?
変わるのは、そんなに……嫌?』
微かに湿った笑い声が響く。
根のひび割れの中から、
灰色の筋がじわじわと脈打つように広がった。
ミコルは小さく瞳を揺らし、
息を飲んだ。
「……お前が……原因か……?」
影は、答えにならない声で
ひとつだけ囁いた。
『……ねえ。
どうして、“いつも通り”じゃなきゃいけないの?
もっと……揺らいで……もっと……割れて……新しくなればいいのに……』
リュミエールは足が土に縫い止められたように動かなかった。
足元から冷たいものが滲み上がり、
根の奥の静寂をゆっくりと砕いていった。
――名もない影は、確かにそこにいた。
何かを変えようと、
ただ静かに根の奥を揺らしていた。
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