第8章「逆風に立つ」第3話「復活の祈り」
嵐が去り、
朝の光が王国の裂け目を縫うように射し込んでいた。
王国の外縁部――
地上に接触してしまった部分には、
アウラとジルヴァの姿を一目見ようと
すでに人だかりができていた。
その人の波を整理するように、
リネアが短く声を張る。
「――下がってください!
巡環士、誘導をお願い!」
リュミエールは何度も息を吐き、
集まった人々の肩を押さえながら
列の端へと誘導していった。
熱気は渦のようだった。
少し離れた場所で、
アウラは静かに目を細め、
王国の外縁部を見つめていた。
「……思ったよりも酷いわね。」
押し寄せた水と風で、
地面に接してしまった部分の
セルロース繊維は絡まり合い、
硬く縮れていた。
アウラは指先で繊維の層をそっとなぞり、
隣のジルヴァに小さく笑いを向けた。
「……やっぱり、あなたに来てもらって良かったわ。」
ジルヴァは小さく鼻を鳴らし、
少しだけ口の端を上げた。
「……まぁ、これは私にしか出来ないことだからな。
……まぁ、見てろ。」
遠巻きに見ていた人々が
ざわり、と声を上げる。
「見ろ……
五耀星が……!」
「アウラ様だ……
本当に……本当に来てくれたんだ……!」
祈るように手を合わせる者、
歓声を飲み込んで瞳を濡らす者。
ジルヴァはふっと息を吐くと、幹の奥に
ゆっくりと手を差し入れた。
指先が触れるたび、
固く絡まっていたセルロースの束が
わずかに脈を打つように波打った。
「……ほぐれてきたな。」
しばらく奥を探ったあと、
彼はそっと腕を引き抜いた。
小さく息を整え、
今度は両の手のひらを幹に当てた。
「……思い出せ、お前たちの、進むべき道を。」
小さくつぶやくと、
指先がゆっくりと螺旋を描いた。
繊維の筋は
絡まり合っていた形をほどき、
まるで意思のある生き物のように
伸長方向に垂直に揃えられていった。
人々のざわめきは、
静かな息を呑む声へ変わった。
遠巻きの誰かが
祈るように手を合わせた。
「……見ろ……
繊維が……生きてる……。」
ジルヴァの額に、
かすかな汗が滲む。
幹の奥で、
絡まりきっていたセルロースの繊維が全て解けると、揃ったその様は、
濁りのない水面のように
どこか美しかった。
ジルヴァはそっと手を離し、
アウラの方に向き直った。
わずかに口元を緩めると、
「……これでいい。あとは頼んだ。」
低く告げる声が、
アウラに届くように落ちた。
アウラは軽く頷き、
整った繊維の面を指先で確かめた。
「……ありがとうございます。
ここからは、私の仕事ですね。」
静かに目を伏せ、
幹に掌を添えた。
アウラの指先から、
小さな光の粒が
幹の奥へと落ちていった。
ジルヴァが横目でそれを見て、
低く問いかけた。
「……何だ、その粒は。」
アウラは短く息を吐き、
繊維に沿う光を目で追った。
「――繊維同士の繋がりを
断ち切るためのものです。」
幹の奥で、
粒は静かに溶けるように
繊維の束をほどいていく。
「私はこれを、陽種と呼んでいます。」
小さな声が、
ほどけていく繊維の奥に滲んだ。
人々の誰もが
息を呑んだ。
ほどけた隙間を縫うように
幹の奥が水を吸い、
密やかな音を立てながら
体積を増していく。
その膨らみが、
伏した王国を――
少しずつ、空へ向かって持ち上げていく。
アウラの瞳は、
遠くの陽光を映していた。
「……さあ。
もう一度、立ち上がりなさい。」
幹は軋みながらも、
確かに角度を取り戻す。
倒れ伏していた王国の頂が、
静かに、静かに
空へ向かって立つ。
地面が低く鳴いた。
横倒しになっていた王国の外縁が、
みるみるうちに
ゆっくりと空に向かって起き上がる。
土が割れ、
湿った音を立てて水が滴る。
「動くぞ!
離れて――!」
リュミエールが人々を下がらせる。
しかし次の瞬間、
歓声は割れるように大きくなった。
「……見ろ!
立ってる……!」
「動いてる……
王国が……
また……!」
人々の声が波のように伝わり、
一つの祈りのように広がった。
「五耀星だ……
五耀星が……
王国を……!」
幹はきしみながらも、
空へ向かってゆっくりと角度を取り戻す。
揺れる地面の上で、
それでも人々は歓喜の声を上げ続けた。
外縁に立つアウラの背は、
かすかな光を纏っていた。
ジルヴァがゆっくりと
噛み締めるように呟く。
「……王国は、
まだ……立てる。」
リュミエールは人々の後ろで、
起き上がる幹を見つめていた。
アウラとジルヴァ――
王国を起こす者。
その凄さに、
胸の奥が少しだけ震えた。
光の中で、
王国は、静かに空を仰いだ。




