第8章「逆風に立つ」第2話「屈して起つ者」
リュミエールが巡環士を拝命した夜、
厚い雲が星明かりを奪い、
王国の上空は漆黒に染まっていた。
空が鳴り、
風が王国を舐めるように荒れ狂った。
最初は誰もが
ただの嵐だ、すぐに収まるものだと信じていた。
けれど次第に、
幹が軋む音が王国の端々に響き始めた。
足元の土がかすかに揺れる。
「……何だ……!?」
誰かの息が漏れた瞬間、
地面に亀裂が走った。
「ひっ……!」
近くにいた子どもの短い悲鳴が
夜気に散った。
「誰か……! 誰か来て……!」
助けを呼ぶ声が重なり、
命繋の者たちが
根の層へ向かって駆け出した。
「繋ぎ止めろ!
裂け目をこれ以上広げるな!」
荒い息を吐きながら、
彼らは崩れる土を必死で押さえた。
葉の陰では、
小さな住民たちが
母親の裾を掴み、
夜の轟音をじっと見つめていた。
「大丈夫……
大丈夫だから……
五耀星が……あの人たちが……。」
声は誰に届くともなく
震えていた。
風がひときわ唸りを上げた。
大気が渦を巻き、
王国の外縁を削る。
裂け目に沿って巡りが滞り、
地面が――
いや、幹そのものが
ぐらりと軋んだ。
「……嘘だろ……」
誰かが、
震える声で吐き捨てた。
大樹の幹が、
ゆっくりと
空に対して角度を失い、
傾いていく。
小さな子どもの叫び声が、
湿った風に溶けた。
王国は、
横倒しになった。
「落ち着け!
落ち着け――!」
命繋の若い兵が
慌てふためく人々を
必死に支えた。
「大丈夫だ!
必ず……必ず、
五耀星がなんとかしてくれる……!」
それは祈りのような言葉だった。
その頃、
皓塔の奥――
淡い光が滲む広間には
五耀星たちが集まっていた。
窓の向こうでは、
暴風が黒い雲を裂き、
嵐の叫びが響いていた。
誰もが
目の前の現実を噛み締めていた。
「……まさか、
王国が倒れることになろうとは……。」
シアがぽつりと呟く。
窓の向こうでは、
雲の切れ間からわずかに差す光が
深い陰に滲んでいた。
カインが低く息を吐く。
「どうする……?
何とか倒れ伏した部分の成長を促して、
頂をもう一度太陽に向けるしかないと思うんだけど?」
静かに目を閉じていたシアが、
小さく笑った。
「成長の促進ね……。
それじゃあ私の仕事とは真逆じゃない。」
彼女は肩を竦めると、
アウラを見た。
「残念だけど、
今回は私の出番は無さそうね。」
エリスが湿った空気を纏わせて、
髪を払った。
「私も同じ。抑えることが役目の私じゃ……
ただ、次の嵐に備えて、
私にできる準備はしておくわ。」
カインが口元で笑いを滲ませた。
「ってことは、
今回はアウラの独壇場か。
つまり俺は……邪魔者ってわけだな。」
アウラがゆっくりと
カインの方を振り向く。
「……私はあなたのことが
嫌いなわけではありませんよ、カイン。
ただ――
あなたの仕事が私と正反対なだけです。」
アウラは少しだけ冗談めかすようにそう言うと、小さく息を整え、
嵐の向こうの光を見据えた。
「……分かりました。
これは私の役割ですね。
私が現地に向かいます。」
ジルヴァが腕を組み、
口の端をわずかに上げた。
「なら、私も行こう。
君の仕事を手伝えるのは……
今回は私だけのようだ。」
アウラは静かにジルヴァの方を向いた。
その瞳は、嵐に挑むための確かな決意を映していた。
「……ええ。
頼りにしてますよ、ジルヴァ。」




