第8章「逆風に立つ」第1話「巡環士リュミエール」
封鎖の儀式から、
いくつかの季節が巡った。
リュミエールは今でも
焔牙隊、封衛隊、環絆隊、調律隊――
さまざまな隊のあいだを行き来していた。
昼も夜も、
何かに気づけば足を運び、
誰かに呼ばれれば迷わず駆けつける。
隣に、
背を叩いてくれるお目付役の姿はない。
それでも、
彼の背中には灯火の残響が
今も静かに灯っていた。
ある日。
隊長たちに呼び集められた一室で、
リュミエールは落ち着かない顔をしていた。
前に並ぶのは――
焔牙隊のジャロス、
封衛隊のノア、
環絆隊のミコル、
調律隊のリネア。
ミコルの隣には、
補佐官のモネも控えていた。
焔牙隊の旗を背に、
ジャロスが腕を組む。
「……そろそろ、
お前の居場所を決めてもいい頃だろう。」
重く低い声だった。
「トウカの代わりを務められるのは
お前しかいない。
――焔牙隊に来い。」
すかさずノアが口を挟んだ。
「遮るようですまないが、
我が隊は封鎖の痛みを知る者にしか務まらない。
君にはその資格がある。
封衛隊に来なさい。」
ノアの声は、
いつもより少しだけ熱を帯びていた。
ミコルは肩を揺らして笑った。
「根を観察するときの君は、
本当にいい目をしてるんだ。
君が一番輝けるのは、
環絆隊だよ。」
横のモネも、
小さく頷く。
リネアは目を伏せ、
ひと呼吸置いてから静かに言った。
「あなたの巡りを読む力、
そして気づく力は、
調律隊でこそ活きる。
ここしか、ありえないと思っています。」
空気に小さな張りが生まれた。
誰もがリュミエールを見つめる。
ジャロスが短く息を吐き、
顎をしゃくった。
「……で、どうしたい?」
リュミエールは一度だけ目を閉じた。
脳裏に、
星空とトウカの声が滲んだ。
あの日の約束が、
胸の奥を温めた。
「自分は……
王国のために、
もっと活躍したいんです。」
思わず声が震えた。
「そう約束しましたし……
一つの隊に留まらず、
これまで通り、
いろんな場所で役に立っていきたいんです!」
しばしの沈黙。
誰も口を挟まなかった。
ふと、モネが小さく視線をジャロスに送る。
「……どうする?」
ジャロスが低く呟くと、
ミコルが肩を竦めた。
「前代未聞だよ。
全ての隊に籍を置くなんて、
そもそも前例がない。」
ノアは目を伏せ、
静かに考え込んだ。
「だが……封衛隊だけでは補いきれない場面は
何度もあった。
彼の気づきがあったから
封鎖できた歪みは多い。」
リネアが小さく笑った。
「……調律隊だけでも同じです。
彼の巡りを読む力は、
他の巡りと繋がりすぎている。」
ミコルが溜め息をつく。
「どの隊も、
自分の隊だけの人間にはできないってことだね。」
ジャロスが腕を組み、
鼻を鳴らした。
「つまり……
誰もお前を縛れないってことだ。
お目付役のトウカでもな。」
一瞬、
小さな笑いが皆に滲んだ。
「……そういうことなら、
全部に所属させるしかない。」
モネが最後にコクリと頷いた。
ノアがゆっくりとリュミエールを見た。
「……ただ、
そうなると君は候補生ではない。」
リネアが穏やかに目を細め、
静かに言葉を継いだ。
「何か……
呼び名が要りますね。」
誰が先に口を開くでもなく、
微妙な沈黙が落ちた。
ジャロスが腕を組んで、
「ふん」と鼻を鳴らした。
「だったら『焔牙士』はどうだ?
火のように走り回る牙――
……悪くないだろ。」
自信ありげに言い切った瞬間、
ノアがわずかに目を細めた。
「……それは焔牙隊と何も変わらない…。結局、自分の隊に置きたいだけじゃないか。」
ノアが眉を寄せたまま、迷いなく言葉を落とした。
「……全部の隊を回るのだから、『全隊士』でいいでしょう。」
「……そのまますぎて味気ないよ、それじゃあ。」
ミコルが指先で空をなぞりながら、
楽しそうに言葉を並べた。
「だったらさ……
“根”と“封鎖”は外せないでしょ?
で、“牙”も入れたいし、
ほら、“調律”も“菌”も……
あ、“焔”も付けたいなぁ……
“環”もいいかも……。」
ジャロスが横で眉をひそめる。
「おいおい、どんだけ詰め込むんだ。」
モネが小さく笑った。
「……名前、どうなるんですか?」
ミコルは指を折りながら満足げに言った。
「そうだな――
『焔根牙封環調菌士』とか?」
一瞬で場が静まった。
リネアが小さく溜め息をついた。
「……ミコル様、長すぎます。
何をする人なのか、かえって分かりません。」
小さな笑いが滲んでも、
答えはまだ形を結ばなかった。
その時だった。
リネアが小さく手を胸の前で組んだ。
「――“巡環士”。
これが良いと思います。」
一同が、
揃ってリネアを見た。
「全ての隊を巡り、
巡りを読む力で歪みを見つけ、
環を繋ぐ者。」
リネアの声は、
春の風が通り抜けるように柔らかかった。
「“環”には、閉じるだけでなく繋ぐ意味もあります。封鎖の環、巡りの環――それらを繋ぐ者。」
ミコルが頷いた。
「いいね……
誰が聞いても君らしい。」
ノアもわずかに目を細めた。
「……無駄がない。
それでいて役目を裏切らない。」
ジャロスが苦笑いを浮かべ、
腕を組み直した。
「ま、……結局一番しっくり来るな。
お前は“巡環士”だ、リュミエール。」
小さな火のような空気が、
その場に灯った。
「……ありがとうございます!
これまで以上に、頑張ります!」
リュミエールの声が
部屋の空気に溶けていった。
そのときだった。
胸の奥を、
何か冷たいものがそっと掠めた気がした。
空の巡りが――
少しだけ歪むような。
リュミエールは小さく息を吸い、
窓の向こうを見やった。
「……天気が荒れるかもしれません。
気をつけないと。」
リュミエールの声に、
リネアもそっと窓の外を見遣った。
その瞳には、
かすかな緊張が滲んでいた。
「……気付きましたか。」
小さな沈黙が落ちた。
空気が微かに張り詰める。
ノアが視線を横に送り、
低く問いかけるように呟いた。
「……本当に嵐が?」
リネアは静かに頷き、
窓の向こうを見つめたまま言葉を落とした。
「ええ……
大気の流れが乱れ始めています。
……リュミエールの感覚は正しい。」
ミコルが思わず肩を揺らす。
「……さすがだね、
僕らじゃ気付けない。」
ジャロスが鼻を鳴らす。
「ま、お前が言うなら間違いないな。」
リュミエールは黙ったまま、
遠くの雲をじっと見つめていた。
ついにリュミエールが候補生から役職を与えられるまでに成長しました。唯一無二の存在となる第一歩ですね。
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