第7章「侵食の果てに」第7話「灯火の環」
夜の帳が降りていた。
小さな広場の外れ、
2人が地面に並んで腰かけると、
空には無数の星が散っていた。
トウカとリュミエールは肩を並べて座り、
いつものように、ぽつりぽつりと
取り留めもない話を交わしていた。
「……覚えてる?
昔、あたしたち、
隠れ家作ってたじゃん。」
「……ああ、あの……
誰にも見つからないようにって言って、
葉脈の奥に……。」
「そうそう。
すぐ見つかって、
怒られたんだよね。」
トウカが小さく笑うと、
リュミエールも少しだけ口元を緩めた。
焦燥の影は、
もうどこにもなかった。
「なぁ、トウカ。」
「ん?」
リュミエールは、
一瞬だけ言葉を探すように星を仰いだ。
「……どうして、
今回のことを……思いついたんだ?」
トウカは肩を揺らし、
「さっきも言ったじゃん」と、わざと明るく答えた。
でも、すぐに視線を落とす。
「……あたしさ、
自分が役に立ててるって、
あんまり思ったことなかったんだよね。」
星が瞬く音がしそうな静寂。
「柵状組織のときも、
フローラのときも……
何にも気づけなくて。
……リュミエールは、
どんどん活躍して、
上層部も一目置いてるしさ。」
声は小さかった。
「……それに比べて、
あたしは訓練も、
疎かになってて……」
そこでトウカの声が途切れた。
リュミエールの横顔をちらりと見ると、
今にも泣きそうに震えていた。
「あ……いや、違う違う!」
慌てて手を振るトウカ。
「そんなの理由じゃないっていうか……
ちょっと思っただけで……
あんたのせいじゃないから……
本当に……。」
ひとしきり言葉が転がったあとで、
諦めたように小さく笑った。
「……あんたのせいじゃ…ないよ。」
リュミエールはうつむいたまま、
静かに涙を拭った。
「……約束して。」
ふいに、
トウカが星を見上げて言った。
「これから、
王国のために、
もっともっと活躍するって。
あんたはさ……
隊長とかになりなよ。」
泣き顔のまま、
リュミエールは口を開いた。
それができるかどうかなんて、
考える余地もなかった。
ただ――
トウカの声に応えるために。
「……ああ。」
力強く、
頷いた。
夜が少しずつ、
星を西に追いやっていく。
夜が明けた。
白い光が集落の軒先を照らし出す。
広場には、
ノアとジャロス、
そして村人たちが再び集まっていた。
ジャロスの目は赤かったが、
ノアは何も言わなかった。
「……では。」
ノアの声が静かに落ちる。
「これより封鎖の儀式――
ネクロティックリングの展開を行う。」
集まった村人たちが、
小さく息を呑んだ。
「前へ。」
ノアが促すと、
若者たちが一歩ずつ前に出る。
トウカも迷いなく一歩を踏み出し、
小さく振り返ってリュミエールを見る。
その瞳に、
もう迷いはなかった。
(……強くなったね。)
心の奥で、
トウカは小さく呟いた。
東西南北に、
それぞれ若者たちが配置される。
ノアが最後に言った。
「中央を――頼む。」
「おっと……
一番重要な役どころじゃん!」
いつも通りの口調。
場違いなほど明るい声。
ノアはわずかに目を細めた。
「……どこが欠けても、
成り立たない。
全てが同じだけ重要だ。」
「わかってますよ……。」
トウカは唇を尖らせ、
笑いながら小さく肩をすくめた。
ジャロスは思わず頭を抱え、
溜め息をついた。
「……各人、
配置につけ。」
ノアの声に応え、
村人たちがそれぞれの場所へ散っていく。
数刻が過ぎた。
集落の空気が、
少しだけ張り詰めたように冷たくなっていた。
三人は最後の視線を交わす。
それでもまだ、
リュミエールの足は小さく震えていた。
トウカはふわりと笑って、
一歩近づいた。
「……ほら。」
何も言わずに、
リュミエールの肩を抱き寄せる。
ぎこちなく、けれど
迷いのない腕だった。
一瞬、
リュミエールも息を詰めてから
小さく、トウカの背に手を回した。
「……約束だよ。」
声は星空みたいにかすかで、
でも確かだった。
そっと身体を離すと、
トウカはリュミエールの正面に立ったまま
ふっと息を吐いた。
そして小さく踵を返し、
歩き出す瞬間に肩越しに振り向いて笑った。
「……また、ね。」
そう言って、
中央へ向かって歩き出す。
残されたリュミエールたちは
しばらくその背中を見つめていたが、
ノアが小さく息を吐き、
反対方向へ歩き出した。
リュミエールもゆっくりと一歩踏み出し、
最後にもう一度だけ
小さく振り返った。
中央に立つその背中は、
もう誰にも届かない場所にいた。
言葉にならない言葉を、
リュミエールは喉の奥で噛み殺した。
振り返った道には、
来るときは4つあった足跡が、
今は3つだけ伸びている。
朝の光の中、
小さな風がその足跡を撫でた。
ノアの指先が、
空気を切った。
「……ネクロティックリング――
展開。」
環が、
静かに閉じていく。
中央に立つトウカの体が、
徐々に、
樹のように変わっていった。
星の光を思わせるように、
表皮がひび割れ、
枝が芽吹き、
淡く光を帯びる。
リュミエールはただ、
その光を見つめていた。
最期に――
トウカの瞳が小さく瞬き、
遠くで笑った気がした。
「……終わったんですか。」
リュミエールの声が、
土に滲んだ。
ノアはわずかに息を吐く。
「……ああ。
彼女が……
終わらせてくれた。」
風が吹いた。
封鎖の環の向こうで、
静かな緑が芽吹く音がした。
トウカの覚悟、ノアの融通の効かなさ(笑)、リュミエールの成長。描きたいものがいっぱいありました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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