第7章「侵食の果てに」第6話「灯火の決意」
トウカの言葉が落ちた瞬間、
空気がきしむ音がした。
ノアが息を呑み、
小さく瞼を伏せる。
「……本気か。」
低く問いかける声に、
トウカはわざと大きく笑ってみせた。
「本気ですよ。
それとも、他にいい案がありますか?」
その横で、リュミエールは固まっていた。
声も出せず、足元に影だけが滲む。
だけど――
その胸の奥の心臓だけは、
荒々しく打ち鳴っていた。
「……だめだ、そんなの……認めない……。」
かすれた声が土埃に落ちる。
リュミエールの両手が小さく震えていた。
「おい……」
ジャロスが低く声をかけたとき、
トウカはあえて聞こえないふりをして、
前を向いた。
「だってさ、あたしなんか、
たいした役にも立ってないでしょ?」
「やめろ……そんなことない……」
リュミエールの声が、
か細く土に落ちた。
でもトウカは、
まるで聞いていないかのように続けた。
「みんな子どもだって、
王国のために命かけてんのにさ。
あたしだけ何も背負ってないなんて――
ズルいなぁって、思ってたんだよね。」
「……そんなこと……言うなよ……!」
「――だから、ちょうどいい機会だよね。」
トウカは笑った。
声と目元だけが、わずかに滲んだ。
「やめてくれ……やめろよ……
だったら……僕が……僕が代わりに――」
次の瞬間、
トウカの声が空気を裂いた。
「――あんたはダメよ!」
ビクッと肩を揺らすリュミエール。
その瞳に、
トウカはゆっくりと視線を落とす。
「あんたの働きは、
もう王国にとって欠かせないんだから。
この役目は、
なんの役にも立たないあたしの役目。」
声は妙に静かで、
それが余計に心に刺さった。
「役に立ってないだと?」
ジャロスが低く言葉を落とす。
「副隊長の座まで考えてたんだぞ。
お前が――」
「……今それ言わないでくださいよ、隊長。」
トウカは息を吐き、
ふっと笑った。
乾いた笑みだったけど、
その奥に小さな焔が見えた。
「でも、決めたんです。
あたしにやらせてください。」
ノアが黙ったまま、
わずかに眉を寄せた。
しばらく沈黙が落ちる。
「……本当に、
それでいいのか?」
ノアの声は、
まるで何かを飲み込むようだった。
「良くない!!」
思わず声を荒げるリュミエール。
ノアも釣られたように、
珍しく声を強めた。
「君には聞いていない!
彼女の覚悟を聞いているんだ。」
トウカは息を整え、
ゆっくりと頷いた。
ノアは目を閉じ、
村人たちに向き直る。
「……では、明朝、
封鎖の儀式を執り行います。
各自、今夜はゆっくり休んでください。
くれぐれも、
感染しないように。」
村長が何か言いかけて、
唇を噛んだ。
「……ならば、
今すぐの方が……」
言葉は途中で途切れた。
ノアの横顔に、
その思いを察したからだ。
ノアは振り返り、
リュミエールの肩に目を落とす。
「明朝まで、
……一緒にいてやれ。」
それだけを残し、
ノアは静かに背を向けた。
ジャロスは一瞬、
何かを言いかけて息を呑むと、
苦渋を滲ませてノアの後を追った。
夜気が降りた。
焔牙隊の旗の影が遠く揺れた。
残されたのは、
リュミエールとトウカだけだった。
「だめだ……絶対だめだ……」
小さく何度も呟く声。
トウカはそれを聞きながら、
わざと大きな声を出した。
「ねぇ、
星の見えるとこ、行かない?」
リュミエールには届かない。
「だめだ……だめだ……」
ぱん、と音がした。
トウカの手が、
リュミエールの背中を叩いていた。
「……しっかりしてよね!」
リュミエールは顔を上げた。
潤んだ瞳が、
トウカの微笑みに映る。
「最期なんだから。」
何も言えずに、
リュミエールは唇を噛んだ。
星空の冷たい光が、
二人の肩を照らしていた。
狼狽えるリュミエール。まさか自分が見つけた集落でこんなことになろうとは…。
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