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第7章「侵食の果てに」第5話「封鎖の環」

集落に辿り着いたとき、

日が山影に沈みかけていた。

封鎖されることを悟った小さな家々は、

息を潜めるように佇んでいた。

吹き抜ける風が、軒先の木板を軋ませる。

リュミエールは何も言えずにいた。

あれほど「助ける」と言ったのに、

結局――

足元の土を見つめながら、

胸の奥で小さく呟いた。

(この人たちは、こうなることがわかっていた。

だからあえて報告をしなかったんだ……

それなのに僕は……

僕のせいで……)


気づいたときには、

村長と思しき老人が前に立っていた。

深く刻まれた皺の奥に、

不思議と温かいものがあった。

「……若いの。」

老人は、かすれた声で笑った。

「わしらには、これしか方法がないとわかっていたんだよ。

でも、勇気がなかった。

踏み出せば、命が消えるのを知っていたからな。」

リュミエールは息を呑む。

老人の目には、わずかな涙が光った。

「お前さんのおかげで、

他に広げずに済む。

王国を守れる。

ありがとうな。」

老いた手が、

リュミエールの肩に置かれた。

骨ばっていて、けれど、あたたかかった。

小さく、救われたような気がした。


ジャロスが後ろからどん、と背を叩いた。

「お前の“気づき”がなかったら、

ここまでで済まなかったんだ。

……今は辛いかもしれんが、

……胸を張れ。

お前が守った“未来”だ。」

リュミエールは俯いたまま、

こくりと小さく頷いた。

トウカはその様子を横で見つめていた。

視線の奥で何かが揺れた。

誇らしさと、言い表せない苦さが

渦巻くように。


ノアは静かに村人たちを見渡した。

その瞳は、

どこか遠い場所を見ているようだった。

ノアは静かに言葉を紡いだ。

「……ウイルスは生命に宿る。

だから、生命活動を停止したもので封鎖すれば……

ウイルスは外に出られない。」

「生命活動を……停止……?」

リュミエールの声が震えた。

ノアは視線を下げることなく、

ただ淡々と言葉を継ぐ。

「村の人々の命を使う。

……それだけです。」

言葉は短いのに、

地面に落ちた影が一気に深くなった気がした。

リュミエールは口を開きかけたが、

結局、何も言えなかった。

(この人たちの覚悟を前に、

何を言える……?)


わずかな沈黙。

再びノアが口を開く。

「そのための術式が

“ネクロティックリング”。

巡りを断ち、感染源を閉じ込める。」


村長が膝を折り、

ノアの目をまっすぐに見た。

「……村の者で、

足りるのか?」

ノアはかすかに瞼を伏せ、

短く息を吐く。

「東西南北と中央、

合計五人いれば十分。」

「……それだけでいいのか……」

村長の声が、

ほっとしたように揺れた。

ノアは、小さく首を振った。

「……少しでも多くの人を残したい。

だから、私は封鎖の儀式を改良している。

……未だ完成の目処は立ちませんが……」

「でもよ。」

ジャロスが無遠慮に口を挟んだ。

「どのみち封鎖するんじゃ、

一緒じゃないか?」


ノアは一瞬、

笑ったように見えた。

だけど、それは何かが剥がれるような乾いた笑みだった。

「……その通り。

だからこれは私のエゴだ。

何の意味もない……

自己満足だ。」

リュミエールは黙って首を振った。

何かを言いかけて、

結局、声にはならなかった。


ノアは視線を上げ、

村人をゆっくりと見渡した。

「……ただし、

儀式に必要な生命体は、

ある程度の生命エネルギーを持っていないといけない。

子どもや老人では、

耐えられない。」

小さなざわめきが、集落に広がった。

村長が唇を震わせた。

「……うちの者で……

儀式に耐えられそうなのは、

あと四人……」

言葉が途切れた。

沈黙が、辺りを包んだ。

足りない。

このままでは、環は閉じない。

誰もが、息を潜めて

目を伏せた。


そのとき。

張り詰めた空気を裂くように、

凛とした声が響いた。

「――よし、

じゃあ私にやらせて。」

静かなはずの空気に、

小さな焔が灯ったようだった。

全員の視線が一斉に集まる。

声の主は、

トウカだった。

背筋を伸ばし、

どこか照れ隠しのように笑みを浮かべて。

「……何よ、

私だってやれること、あるでしょ?」

風が止み、

遠くの空で雲がゆっくりと崩れた。

沈黙の中で、

トウカの影だけが

かすかに、でも確かに、

光を帯びて揺れていた。


トウカはずっとどこかで役に立ちたいと思っていたんです。チャンスが、来てしまったんですね。彼女にとって、このチャンスは逃すわけにはいかないんです…。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

小さな命の揺らぎの中に、何かひとつでも感じるものがあれば、とても嬉しいです。


ご感想やご意見、そしてブックマークなどで応援していただけると、

今後の執筆の大きな励みになります。


これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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