第7章「侵食の果てに」第4話「選択の痛み」
焔牙隊の指揮幕。
火がくすぶる横で、ジャロスは無言のまま話を聞いていた。
言葉の端々に、煙の匂いが絡む。
「……まさか、本当に何かあるとはな。」
ジャロスが小さく息を吐く。
「お前の勘は、やっぱり外れねぇな。」
褒めるようでいて、どこか苦い声だった。
リュミエールは土の上に膝をついて頭を下げた。
隣でトウカも、唇を噛んでいた。
「……感染といえば、ノアのところだな。」
ジャロスの視線が火の奥を見据えた。
焔牙隊の影が揺れる。
ノアの詰所は、夜気に包まれて静かだった。
燭台の灯が、小さく揺れている。
報告を終えたリュミエールの声が震えていた。
「どうか……なんとか助けたいんです。
あの人たちは……まだ……!」
ノアは机の書類に指を置いたまま、
ゆっくり顔を上げる。
その瞳は、澄んだ湖のように何も映さなかった。
「……助からない。」
ただ、それだけを言った。
「そんな……!」
トウカが息を呑む。
言葉が途切れた。
「なら……せめて……」
リュミエールの声がかすれる。
「まだ感染していない人を救いましょう。
急げば……間に合うはずです……!」
ノアは首を横に振った。
灯の向こうで、短い銀髪がゆっくり揺れた。
「それも、できない。
集落は封鎖する。」
「……どうして!?」
リュミエールの声が荒ぶ。
「生きているんですよ、まだ……!
命を……!」
「命を守るためだ。」
ノアの声は氷のようだった。
「感染は巡りを蝕む。広がれば、王国そのものが危うくなる。
あの里を閉じれば……今なら、最小限で済む。」
短い沈黙。
どこかで風が紙を鳴らした。
「お手柄だったな。」
ノアは書類を閉じ、何もなかったかのように言った。
リュミエールは机を叩くようにして身を乗り出した。
「ふざけるな……!
命を……何だと思ってるんだ……!」
次の瞬間、ノアの胸倉を掴もうとした手が弾かれた。
背中を叩くようにして、リュミエールの肩を引いたのはジャロスだった。
「やめろ……!」
焔牙隊の隊長の声が低く響いた。
「……あいつが、一番辛いに決まってんだろうが……。」
リュミエールの手が震える。
「……辛くないわけないだろう……
あいつは、ずっと……
誰よりも、苦しんでるんだ。」
ノアは一度だけ小さく笑った。
「いいんだ。
こんなこと……理解されるなんて思っていない。
他に方法を……見つけられない私がいけないんだ。」
その声は、風にさらされる花弁のように脆かった。
リュミエールは顔を伏せ、震える声で言った。
「……ごめんなさい。」
ノアは机の端の地図を引き寄せ、
広げた紙の上に指を置いた。
「……ここが今の私たちの位置だ。」
声は淡々としていたが、地図を押さえる指先にはわずかに力が込められている。
「……集落の場所を教えてくれ。」
トウカが前に出る。
「私たちも、行きます。」
ノアは首を振った。
「来ない方がいい。」
「……行きます!」
譲らぬ声が、夜気に滲んだ。
ジャロスがわずかに肩を揺らし、
火の奥で息を吐いた。
「わかった。
みんなで行くぞ。」
火の粉がひとつ、
小さく弾けて消えた。
非情なノア、珍しく激昂するリュミエール。でも、仕方ないんですよね…。王国そのものを維持するために、やらなければならないこともあるんです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
小さな命の揺らぎの中に、何かひとつでも感じるものがあれば、とても嬉しいです。
ご感想やご意見、そしてブックマークなどで応援していただけると、
今後の執筆の大きな励みになります。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。




