第7章「侵食の果てに」第3話「沈黙の里」
集落は想像以上に静かだった。
吹き抜ける風の音だけが、軒先の木板を叩く。
風が吹くたび、軒先の紙垂がちぎれそうに揺れた。
それだけで、この里がどれだけの時間を黙り込んでいたかが分かる気がした。
踏みしめた土が、ひときわ大きく軋んだ気がした。
「……誰もいないのか?」
リュミエールが低く呟く。
横のトウカも、息をひそめて周囲を窺っている。
――そのときだった。
わずかに、何かが物陰で揺れた。
「……今、何かいた?」
「行くよ!」
リュミエールとトウカは視線を交わし、同時に駆け出す。
曲がりくねった路地を抜け、小屋と小屋の狭間をすり抜ける。
影は土塀の向こうへ逃げようとしていた。
リュミエールは息を切らせながら、伸ばした指先を僅かに前に。
「待って――!」
影が、一歩踏み出した瞬間に力を失い、崩れるように膝をついた。
リュミエールが駆け寄り、倒れ込んだ影に手を伸ばそうとした、その瞬間――
「触るな!!」
低く、鋭い怒号が空気を裂いた。
はっと顔を上げると、
小屋の陰に、いつの間にか数人の人影が立っていた。
「な、なんで……」
「触るな……それ以上は近寄るな……!」
リュミエールは小さく息を呑む。
苦しむ人の唇は、わずかに青白く、
首筋には葉脈のような斑が透けていた。
「これ……感染……?」
リュミエールが呟く。
住民の一人が、絞り出すように言った。
「……数日前からだ。」
住民の一人が、張りのない声で口を開いた。
「最初は、たった一人……咳をして、熱を出して……
すぐ治るだろうと思ってた。……でも、皮膚に、葉脈みたいな斑が浮き始めて……
次の日には、隣の家の者にも移ってた。」
リュミエールが息を詰める。
「じゃあ、もう――他にも?」
住民は、小さく頷いた。
「……もう、何人倒れたか……覚えていない。
みんな、家の奥に……誰にも見せずに隠した。
見つかったら……追放される。王国から……。」
トウカが思わず声を荒げる。
「追放……そんなこと……!
どうして、ジャロス様や焔牙隊に知らせなかったの?」
「知らせても、助けは来ないと……誰かが言ったんだ。
この病は、治らんって……
あんたたちみたいな人が巻き込まれたら、もっと酷くなるって……。」
声が途切れた。
後ろにいた老婆が、ひび割れた声で吐き出す。
「――私らは、土に帰るだけだ。
騒がずに、誰にも迷惑をかけんように……
それだけを守ってきた。
だから……あんたたちも、手を出すな……。」
リュミエールは手を強く握りしめた。
目の前の小さな子どもが、母親の裾にしがみついている。
その背中に、まだ斑はない。
けれど、その瞳の奥に、怯えと諦めの色が滲んでいた。
「……ジャロス様に伝えます。
絶対に……必ず、助ける道を……。」
絞り出すように言うリュミエールの手を、
トウカがそっと握った。
その指先が、かすかに震えていた。
リュミエールは小さく息を吐き、
トウカと視線を交わすと、
静かに住民たちに背を向けた。
踏み出した足元に、冷たい風が絡んだ。
リュミエールは、苦しむ住民たちを一度だけ振り返った。
遠く、空の雲が重く垂れ込めているのが見えた。
――あの人たちは、助けられるのか。
静かに、焦燥だけが風に溶けていった。
作品内では明示していませんが、感染のイメージはタバコモザイクウイルスです。感染してしまった部分は一体どうなるのか…。植物の生存戦略の一環を書いてみたいと思います。
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