第7章「侵食の果てに」第2話「滲む焦燥、繋ぐ手」
焔牙隊の訓練場。
木剣が何度も空を切り、冬の名残を含んだ土埃が赤い光に溶けていく。
トウカは息を乱し、何度も何度も踏み込みを繰り返していた。
「おい、もうちょい肩を落とせ!」
ジャロスの声が飛ぶ。
その声を跳ね返すように、トウカは剣を振り上げた。
打ち合う木剣の衝撃が、骨まで響く。
「……お前、力んでるな。」
「うるさい、まだ、まだ……!」
稽古相手の男が軽く受け流すと、空気が張り詰める。
遠巻きに見ていたリュミエールが、どこかで何度も胸を押さえていた。
剣を持つトウカの背中から、何かが漏れている気がした。
焦りが、滲んでいた。
休憩の合図と共に、ジャロスが肩を叩く。
「お前、最近どうした?あいつと一緒にいるせいか、無理してんじゃないか?」
「無理なんか……してないです。」
少しだけ、声が掠れた。
ジャロスの目が、鋭くなる。
「訓練は良いが、焦って怪我しても意味はねぇ。
置いていかれたくないなら、足元見ろ。」
その言葉に、トウカの心臓が小さく鳴った。
わかってる。そんなこと、ずっと、ずっと。
陽が傾き始め、焔牙隊の面々が散り始めるころ。
リュミエールは黙って、訓練場の奥をじっと見つめていた。
胸の奥をかすかに掠めるような“違和感”――
巡りのどこかが滞っているような、説明のつかない感覚。
「……リュミエール?」
横で息を整えていたトウカが、不思議そうに覗き込む。
声をかけられ、リュミエールは小さく肩をすくめた。
「え、あ……いや、なんか……ちょっと気になるなって。」
トウカが首をかしげる。
リュミエールの視線の先には、
遠目に見える、王国の外縁に沿うように並んだ小さな集落の屋根。
「訓練場の裏に……集落?
あんな場所にあったんだ……。」
トウカは一瞬黙ったあと、ふっと笑った。
「ま、あんたがそう言うんだから、
何かあるのかもね。
……ほら、行くよ。どうせ放っとけないんでしょ?」
リュミエールは小さく息を吐き、横のトウカに目を向けた。
「……ありがとう、トウカ。背中を押してくれて。」
「何それ、らしくないじゃん。ほら、行くよ。」
そう言って笑うトウカに小さく頷きながら、
二人は焔牙隊の指揮幕の前に足を向けた。
ジャロスは火の前で何やら部下と話をしていたが、
リュミエールに気づくとすぐに顎をしゃくった。
「……どうした、リュミエール。」
「ジャロス様……訓練場の奥に……小さな集落が……
……なんか、気になるんです。いえ……うまく言えないんですが……
どうしても無視できない感じがして……。」
リュミエールは言葉を探し、足元を見つめた。
その様子を見て、トウカがそっと隣で息を整えている。
「……集落? そんなもん、王国にはいくつもあるだろうが。」
「はい……それはそうなんですけど……
何か……巡りが滞ってるというか……
ごめんなさい、言葉にできないんです……。」
思わず声が尻すぼみになる。
だが、ジャロスの瞳はわずかに細められた。
しばし沈黙。
焔牙隊の旗がかすかに風に揺れた。
「……なるほどな。」
ジャロスは短く息を吐き、リュミエールの肩をぽんと叩いた。
「お前の“勘”は当てになる。
上層の隊長連中だって、一目置いてるんだ。
そんなお前が言うなら……まぁ、行ってこい。」
「ジャロス様……。」
「なにかあったら責任は取ってやる。……ただ、戻るまでは気を抜くな。分かったな。」
「……はい。」
リュミエールの返事を聞きながら、
トウカは小さく息を吐いた。
誇らしそうに見えたその横顔に、
ほんの一瞬、影が揺れる。
鼻を鳴らす仕草は、どこか照れ隠しのようでもあり――
それを振り払うように、笑みを浮かべる。
「お前も行くんだろう、トウカ。」
「……へっ? 当たり前じゃないですか。
リュミエール一人じゃ、何されるか分かったもんじゃないんですから!」
トウカの笑みは少しだけ強がって見えたが、
ジャロスは何も言わず、肩を揺らして笑った。
いよいよリュミエールが評価され始めました。それを見るトウカの複雑な心境を、描けていれば嬉しいですね。
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