第7章「侵食の果てに」第1話「影を抱く」
フローラが還り、
王国の“てっぺん”に花が咲いた日から数日。
王国は雪解けのように静かに動き始めていた。
「ここまで根が硬化するなんて……ねぇ、リュミエール、これ菌根菌の反応も変わってるって分かる?」
柔らかく揺れる光の下、ミコルの声が弾んだ。
地層の奥深く。
冷たい土をかき分けながら、リュミエールは根の先端を覗き込んでいた。
「すごい……ここ、巡りがすっかり閉じちゃってるのに、周りはまだ“生きてる”んだ……」
「生きてるどころか、菌根菌がどうにか繋ごうとしてくれてる。」
ミコルは指先で硬化した根を撫でながら、
かすかに眉を寄せる。
「本来なら、王国側から糖や養分を受け取れるはずなのに、
今はほとんど与えられない。それでも離れずに――
これじゃ共生っていうより……必死にしがみついてるって感じかな。」
ミコルの指が、細かく残された白い菌糸をすくう。
フォルミナ――あの“歪み”の在り方を知ったあとだからこそ、
リュミエールの目は、以前よりずっと深く土の奥を見つめていた。
「土の中って……なんでこんなに柔らかくて、なのにこんなに硬いんだろうな。」
「……答えが欲しいの?」
ミコルが笑う。
「まだ僕には、わからないです。」
そう言って、リュミエールは指先で土を払って、
根の奥に張り付いた菌糸をじっと確かめていた。
夢中で根に向き合うリュミエールの背を、
ミコルはふっと柔らかく見守った。
(……いい目をしてる。
この調子なら、うちの隊に来る日も――そう遠くないな。)
同じ頃。
焔牙隊の訓練場では、夕暮れの空気の中、
木剣のぶつかり合う音が乾いた音を立てていた。
「おう、トウカじゃないか。」
気配に気づいたジャロスが、巨大な剣を肩に担いで振り返る。
「……あ、ジャロス様。」
「珍しいな。今日はリュミエールと一緒じゃないのか?」
トウカは剣の柄をいじりながら、小さく肩をすくめた。
「今日は、ミコル様と根の調査だそうで。
お目付役はお呼びなしってわけです。」
「はっは!それじゃあ、お前、暇だな?」
「……はあ。」
「久しぶりに、俺が稽古つけてやる。」
「えっ――」
トウカが声を上げる間もなく、木剣が目の前に投げ渡された。
問答無用だった。
「……ッ!」
木剣が打ち込まれるたびに、腕に響く衝撃。
「どうした?いつもの“前へ”はどうした!」
「――っ、舐めないでください!」
一歩踏み込んで、トウカが食らいつく。
だが、ジャロスの剣筋は揺るがない。
剣が弾かれるたびに、足元が砂にめり込んだ。
「お前、あいつにくっつきっぱなしで、少し鈍ったんじゃないか?」
挑発する声が、不思議と背中を押すように響いた。
トウカは奥歯を食いしばり、ふっと鼻で笑った。
「……舐めないでよ、ジャロス様…!」
訓練が終わった頃には、月が昇りきっていた。
額の汗を手の甲で拭う。
呼吸が、まだ整わない。
剣先はぶれ、踏み込みも甘くなった――
それでも、最後の一太刀だけは諦めずに振り切った。
「……なんとか……」
「はっ……なんとか、か。足りん。」
木剣を砂に突き立て、ジャロスは揶揄うように笑った。
だがその目は、どこまでも真剣だった。
「リュミエールの“成長”に甘えるな。
あいつはどんどん前に行くぞ。
お前まで止まってどうする。」
短い叱責だった。
けれど、剣よりも痛かった。
静かな夜道を、トウカは一人歩いていた。
気がつけば、焔牙隊の訓練場からずいぶん離れていた。
「……置いていかれてる……のか、あたし。」
そう呟いた瞬間、胸の奥がすうっと冷えた。
彼を守るって決めたのに。
何かあれば真っ先に盾になるって、決めたのに。
あのときも、あの花を咲かせた時も、
フローラの隣にいるべきは、自分だったんじゃないのか――
「……あたし、何の役に立ってんだろ。」
道の端で立ち止まる。
焔のように熱かった自分の芯が、今はやけに脆く見えた。
――私の命に、意味はあるのか。
思わず指先が震えた。
夜風が髪を撫でる。
見上げた月が、ひどく遠かった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
小さな命の揺らぎの中に、何かひとつでも感じるものがあれば、とても嬉しいです。
トウカの心の葛藤を描いていきたいと思います。守るはずのリュミエールに、逆に守られている自分…自分の存在価値は…
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