第6章「芽吹の代償」第10話「花の還るとき」
茎頂の空気は、柔らかな光で満ちていた。
コアセルの核は静かに脈動を続け、花芽はゆっくりと輪郭を広げていく。
トウカの声が弾む。
「……咲いた……本当に……!」
ノアも小さく頷いた。
リュミエールはそっと息を吐き、微かな安堵を胸に刻む。
だが――
誰よりもそこにいるはずの存在が、風のように消えていた。
「……フローラ?」
振り返っても、風に揺れる影すらない。
リュミエールの瞳がかすかに揺れた。
「さっきまで……ここに……」
トウカが言いかけて、口を噤む。
その隣で、ノアだけは、わずかに目を伏せていた。
「……ノア様。どうして、そんなに冷静なんですか!」
トウカが思わず声を荒げる。
ノアは静かに光を見つめたまま、淡々と告げた。
「……花を咲かせる“使者”は、その役目を終えた時――
王国に還る。
古い文献に、そう記されている。」
「そんな……」
トウカの瞳が揺れる。リュミエールも言葉を失った。
「知ってたんですね……」
リュミエールが低く呟くと、ノアは僅かに肯定するように目を閉じた。
茎頂を満たしていた春の風が、そっと三人の間を抜けていく。
交わされぬ言葉が、花の香りに混じった。
そして、不意に――
「……でも、良かったじゃん!」
トウカがぽつりと零した声は、どこか強がるように弾んでいた。
「花も咲いたし、フローラは……ちゃんと役目を果たせたし……
フォルミナだって……もう脅威じゃないし……
ね? 一件落着……!」
背中を向けたままのトウカの肩が、微かに震えていた。
「……トウカ。」
リュミエールが静かに歩み寄り、そっとその背を抱きしめる。
「やめてよ……もう……」
振り返らないまま、トウカは声を押し殺した。
ノアは二人を見守りながら、小さく息を吐いた。
そして、ゆっくりと背を向ける。
「……私は先に戻る。報告が残っているので。」
立ち去ろうとするその足が、ふと止まった。
「……本当によくやってくれた。
王国を代表して――心から、感謝を。」
その声だけが、花芽の上を静かに撫でた。
茎頂に吹く風は、もう春を追い越そうとしていた。
遠い未来の種子を抱くかのように――
小さな花は、ただ静かに光を宿していた。
フロリゲンは分解されちゃうんですよね…。まぁそれを言ったら全ての植物ホルモンがそうでしょうけど…。
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