第6章「芽吹の代償」第8話「歪みを抱いて」
白い光の輪郭に、再び“影”が溶けるように現れた。
フォルミナ。
漂う黒い霧の中心に、人のかたちが揺れる。
その笑みは、無垢で、どこか残酷だった。
「……また……出たわね!」
トウカが剣の柄に手をかけ、一歩前へ出る。
「何がしたいの!? 何のつもりでこんな……今度こそ、許さないから……!」
だが、リュミエールの声が、その肩をそっと制した。
「待って、トウカ。」
トウカが目を見開き、リュミエールの顔を見る。
だが、彼の瞳には怒りも恐れもなかった。
ただ、静かに向き合う光だけがあった。
「……フォルミナ。」
呼びかける声に、霧の中の瞳が細く揺れた。
「君には、何の悪意もないんだな。」
リュミエールの言葉に、霧の奥の口元が、かすかに微笑む。
「君は、王国を壊すためにいるんじゃない。
ただ……“コアセルを移動し、変化させている”だけだ。」
トウカが戸惑いの声を漏らす。
「……移動……?」
リュミエールは小さく息を吸った。
「君は、コアセルそのもの……正確に言えば、移動できるコアセルの“一部”だ。
だから、自由にコアセルの中を漂える。
でも、君がそこにいる間は、その場所のコアセルは機能しない。」
ノアの目が鋭くなる。
「だから起動が妨げられた……異形の形態が、意図せず生まれた……。」
「フォルミナは……ただ“試して”いるだけだ。」
リュミエールの声は、わずかに震えていたが、迷いはなかった。
「歪みを与え、変化を誘い……進化の可能性を試している。
……君は、ずっとそうしてきたんだろう?」
霧の中のフォルミナは、小さく笑った。
その目に、悪意はなかった。
フォルミナの瞳は、じっと歪んだ花を見つめていた。
そこには、怒りも喜びもなかった。
ただ――“観察する者”の静かな光だけが揺らめいていた。
「……お前は……認めるんだな、リュミエール。」
低く、霧の奥から洩れた声が、どこか遠いところに響く。
リュミエールは息を整え、視線を逸らさずに頷いた。
「……君は――この王国にとって“必要な歪み”だ。」
その言葉に、霧の輪郭がかすかに震えた。
フォルミナの口元が、ゆっくりと弧を描く。
「……いい答えだね。
変わるものを、壊れるものを、全部見届けよう。これからも…」
言葉の最後に、どこか無邪気な笑い声が混じった。
一瞬、霧の影がリュミエールに近づいたかと思うと――
「また、どこかで。」
かすかな囁きだけを残して、フォルミナの影は風に散った。
残された空気には、ほんのりとした緊張の残響だけが漂っていた。
「……どこに行ったんだ、あいつ……」
トウカが剣を握りしめたまま、小さく息を吐いた。
「また、戻ってくる可能性は……」
ノアが眉を寄せたが、
リュミエールはゆっくりと首を振った。
「多分……もう大丈夫だ。」
彼の瞳には、確かな光が宿っていた。
そっと横を見る。
フローラが無言で頷く。
その頬にかかる髪が、微かに春の風に揺れた。
「……さあ、北へ行こう。」
茜の光が、4人の背をそっと押した。
突然変異は進化の原動力です!
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