第6章「芽吹の代償」第7話「花の行方」
東の塔での失敗から、一行は南の塔へと歩を進めた。
まだ残る冷たい風に、フローラの肩がわずかに震える。
ノアは静かに見守りながらも、何も言わなかった。
その代わりに、背に立つリュミエールの視線が、
何度もフローラの背を支えるようにそっと注がれた。
東の空を背に、一行は南の塔の頂へと辿り着いた。
そこに――
再び、コアセルが呼び出されていた。
フローラは小さく息を吸うと、迷いを隠すように手を掲げた。
「……次は、カルクレインから……」
その声はかすかに揺れていた。
指先がコアセルに触れる。光が一瞬、螺旋を描いた。
「〈カルクレイン〉――起動……」
……沈黙。
茎頂の中心に浮かぶべき“芯”は、静かに形を崩し、
小さな葉芽となって散っていく。
「……だめ……」
かすかな風が吹き、遠くで霧のような笑い声が響いた。
フォルミナの声だった。
「ねえ……まだ、咲かせたいんでしょう?」
フローラの目がわずかに揺れた。
誰も何も言わず、その場を離れた。
――
次に選ばれたのは、西の塔。
緩やかに日が傾きはじめ、
春の光に急かされるように、
一行は塔の中枢へと歩みを進めた。
「……今度は……」
フローラは一度だけ、掌を胸に当てる。
リュミエールの目がそっと重なった。
「大丈夫。君ならできる。」
その一言が、かすかに彼女の肩を支えた。
小さく呟くように、フローラは再び手を伸ばした。
「〈エリオリア〉起動――異常なし」
「――籠れ、籠護の衣」
光の層が、そっと空間を抱き込むように重なっていく。
淡い螺旋が描かれ、外縁に“籠護の衣”がふわりと浮かぶ。
「〈ラルファイン〉起動――異常なし…!」
「――纏え、馨花の紗」
次いで、衣の内側に“馨花の紗”が舞い降りる。
柔らかな花弁の光が、衣を内から押し広げるように形を整えた。
「……行ける……!」
トウカが思わず声を漏らす。
だが――
「〈カルクレイン〉起動――……異常……異常……?」
フローラの指先が震えた。
沈黙の中、失われたはずの光がわずかに滲む。
“馨花の紗”がもう一度内側に重なり、
さらに中央に“籠護の衣”がそっとにじむように芽吹く。
衣・紗・紗・衣。
秩序の輪郭が反転していく。
重なるはずのない光が、ゆらりと花弁のように漂った。
規則がねじれ、八重に折り重なる花のような形。
「……これは……」
トウカの目に光が映った。
「……綺麗……」
ぽつりと漏らした声に、リュミエールもゆっくりと頷く。
「……ああ。たしかに、形は……歪んでも……美しい……」
そのときだった。
霞のように、白い霧が花の中心から滲み出た。
「ふふ……咲かない花はつまらない。
でも……咲き方なんて、決めなくてもいいんじゃない?」
フォルミナがそこに立っていた。
瞳は遠く、どこか別の未来を見ているようだった。
「変化だって、悪いものじゃないでしょう……?」
その声に、誰も返せなかった。
春の風だけが、八重の花をそっと撫でていった。
八重咲きです。観賞用の花ではあえてC遺伝子を破壊してるものもあります。おしべやめしべがないので、種子は作れませんが…
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
小さな命の揺らぎの中に、何かひとつでも感じるものがあれば、とても嬉しいです。
ご感想やご意見、そしてブックマークなどで応援していただけると、
今後の執筆の大きな励みになります。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。




