第6章「芽吹の代償」第6話「変異の螺旋」
春を抱いた東の空気は、どこか湿り気を帯びていた。
リュミエール、トウカ、フローラ、ノア――四人の足取りは決して速くはないが、迷いはなかった。
「ノア様って……フローラのこと、知ってたんですか?」
何気ないトウカの問いに、ノアはわずかに眉を寄せた。
「名としては。封衛隊長を任されたとき、文書で学んだ。ただ……実際に“在り方”を目にするのは初めてだ。」
「在り方って……ちょっと硬くない?」
ぽつりと口を挟んだのは、フローラだった。
微笑みながら首を傾げるその声に、ノアは静かに瞬きをした。
「え……どこか、おかしかったですか?」
きょとんとしたノアの顔に、思わずリュミエールとトウカは視線を合わせた。
(相変わらずだな……)
(ほんと、ノア様は……)
言葉にはしない、けれど二人の目の奥には、同じ苦笑が浮かんでいた。
フローラはそんな二人を横目に、小さく胸を撫で下ろす。
――わたしを“知っている”と言われると、少しだけ安心する。
でも、次は……失敗しない。
ゆるやかに笑みを浮かべても、その瞳はかすかに揺れていた。
◇
王国の東端、“芽吹きの端”と呼ばれる場所に到着した。
中央とは違う、静かな“てっぺん”がここにもある。
フローラはそっとコアセルに手を伸ばした。
指先に触れた瞬間、光が細く集まり、中心がゆっくりと螺旋を描く。
(……順番、どうしよう……)
前回の記憶が、胸の奥で小さく疼く。
最後の最後で裏切られたあの感触が、まだ指先に残っているようだった。
(……いいよね……)
誰に問いかけるでもなく、独り言のように。
瞼を伏せたその頬に、春の光がわずかに当たった。
「〈エリオリア〉起動――異常なし。」
淡く灯る光の輪郭が、静かに脈動する。
フローラの唇がかすかに緩んだ。
(……よかった……今度は、大丈夫……)
「――籠れ。籠護の衣」
静かに繭のような光が膨らみ、
まだ何もない空間をそっと抱くように、輪郭を編んでいく。
その光は、
これから芽吹く“芯”を待つように、
息をひそめて輝いていた。
ホッとしたように、フローラの肩がわずかに緩む。
「〈ラルファイン〉起動――……」
だが、光は僅かに揺れるだけで――
沈黙。
「……起動しない……?」
わずかに目を伏せた瞬間、外縁の光がゆらりと広がった。
籠護の衣が、空いた輪郭を覆い隠すように、もう一枚――
光の層が静かに重なる。
(……このままじゃ……)
不安が胸を締め付ける。
――また、咲かないの?
「〈カルクレイン〉起動――!」
焦る声。
息が詰まる。
けれど立ち止まれない。
次の瞬間、中心に呼び出された“器”は――
規則を無視するように、さらに一つ芽を出した。
衣、衣、器、器。
輪郭が歪み、整わないまま空を裂いて揺れる。
フローラの指先が小さく震えた。
「……また……失敗……?」
淡い風が、形をなさぬ花の上を通り過ぎていった。
フローラの肩が小さく震える。
掌を胸にあてて、声にならない息が零れる。
(どうして……また……)
かすかに滲む涙の奥で、微かに残った光が揺れていた。
しかし、リュミエールは笑っていた。
「まだ“次”がある。……行こう。南へ。」
ふと隣に立ったノアが、その背にそっと声を重ねる。
「……何度でも。“守る”のが私の役目ですから。」
淡い若葉の匂いを運ぶ風が、東の空に一筋の光を残していった。
ABCモデルにおいて、それぞれの遺伝子が壊れると、どのような形態の花になるのか、描いてみました。あとは、ノアのキャラも理解してもらえるように描いてあります。融通が効かないんですよね、この男は。
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