第6章「芽吹の代償」第5話「揺らぐ核、交わす約束」
異形の花を見つめたまま、霧のような存在はふわりと微笑んだ。
「――ねえ、リュミエール。今回の花は……気に入らなかった?」
「……お前は……!」
リュミエールの胸がぎゅっと強張る。
あのときの声が、また耳の奥で波打つ。
フォルミナは一歩も動かず、ただコアセルの光をのぞき込むように目を細める。
「同じばかりじゃ、退屈でしょう?
少し揺らぐくらいが、面白いのに。」
その無邪気な声に、トウカの肩が震えた。
「……やめてよ……何がしたいの……?
ふざけてるの……?」
フローラが一歩前に出るが、言葉は出ない。
その瞳は、光の奥に滲む“芯”をじっと見つめていた。
フォルミナの輪郭が、ゆるやかに霧へとほどけていく。
「また、会いましょう。私は――どこにだっているんだから。」
残されたのは、ひやりと澄んだ空気と、
ゆがんだ花だけだった。
そこへ、駆け足の足音が近づく。
「ご無事ですか……!」
封衛隊長ノアが茎頂に駆け込んだ。
「不穏な気配を感じましたが、何があったのですか…?」
息を切らしながらも、その目は状況をすぐに読み取っていく。
「ノア様……」
リュミエールはかすかに息を吐くと、胸の奥で言葉を探すように目を伏せた。
「ただ事ではなさそうだね…」
リュミエールは一度視線を落とすと、淡く光る「花」を一瞥し、低く吐き出すように言った。
「覚えていますか?……以前に会った、フォルミナ……とかいうやつが、また……現れました」
ノアの目が一気に見開かれた。
その反応を見て、トウカの肩が小さく震える。
「あいつ……いったい、何なの……?
なんの目的があってこんなこと……」
しばしの沈黙の後、リュミエールとフローラが同時に息を呑んだ。
「あれは…」
「あいつは…」
ふたりの声がかすかに重なった。
フローラが視線をリュミエールへ向けた。
まるで、先を促すように。
リュミエールも、視線でそれに応える。
そして、一息に言い切った。
「……あいつは、コアセルそのものだ」
ノアが絶句し、空気が張り詰める。
「え……?ちょっと待ってよ、コアセルって、あの光の設計図のことじゃ……」
戸惑ったまま、トウカの目がフローラを向く。
何て呼べばいいのか、少し言葉が詰まる。
フローラは、ふっと柔らかく微笑んだ。
――今まで通りでいい、というように。
「そっか……ごめん。フローラ……つまり、どういうことなの?」
フローラがゆっくりと続けた。
「あいつはコアセルそのもの。……だから、エリオリアに入り込んでたの。
『異物』が入り込めば、コアセルの起動なんてできるわけ…ない」
トウカの瞳に、揺れる光が映った。
誰も、すぐには言葉を継げなかった。
張りつめた沈黙が、春の光の中で細く揺れた。
刹那、トウカの目尻から雫が零れた。
小さく唇を震わせて、ようやく絞り出した声は、かつてないほどに頼りなく揺れていた。
「じゃあ……このまま花が咲かなかったら……王国の未来は……?」
フローラはゆっくりと振り返り、春の光を背に受けて微笑んだ。
「王国には、まだ咲かせられる場所があるの。東西南北、それぞれに花を咲かせる“てっぺん”が残ってる。」
ノアは静かに頷き、そして一歩踏み出す。
「……君たちにしか辿り着けない道だ。ただ……封衛隊長として、私も行こう。
フローラ様を、そしてこの花を……必ず守る。」
リュミエールは一歩、フローラに歩み寄り、ふっと息を整えた。
「行こう、フローラ。……トウカ、ノア様も。」
トウカも涙を拭い、力強く頷いた。
「次こそ……咲かせよう……!」
その言葉は、確かに交わされた“誓い”だった。
そして、その誓いに呼応するように――
春の風が、そっと茎頂を撫でた。
コアセルは、DNAですね。トランスポゾンは、動くDNAなので、フォルミナはコアセルそのもの、と表現しています。
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