第6章「芽吹の代償」第4話「咲かぬ設計図」
静かに、風が止まった。
茎頂――その中心部には、柔らかな光が満ちていた。まるで大気そのものが、ひとつの息を潜めているような、張りつめた静けさ。
リュミエールたちは、言葉を失って立ち尽くしていた。足元の細胞は密に編まれ、生命の渦が集まる核のような場所。その中央へ、少女が一歩、また一歩と進んでいく。
振り返る。微笑みながら、静かに名乗った。
「わたしは、フローラ」
その言葉に、リュミエールの胸がかすかに鳴った。やはり――どこかで、そうではないかと感じていた。
「王国のてっぺんに、花を咲かせるのが、わたしの役目なの」
穏やかな語り口。けれど、その瞳には確かな意思が宿っていた。
「特別な……存在だったんだな、君は」
リュミエールの声が、ほとんど呟きのように漏れた。
「まって、何それ? 何の話? あんた何者なの?」
トウカがやや焦った様子で詰め寄る。だが、フローラは優しく笑うだけだった。
「連れてきてくれて、ありがとう」
そう言って、フローラはゆっくりと両手を広げた。
「さあ、来て。コアセル」
彼女の呼びかけに、空間がわずかに揺れる。
柔らかな光の粒が舞い上がり、空中に集まり始めた。
粒は螺旋を描くように収束し、やがて淡く透き通った構造体を形作っていく。
「こ、これが……コアセル……?」
リュミエールが息を呑む。まるで万華鏡を内包した水晶のような、幾重にも折り重なる情報の結晶。
「コアセルって、結局なんなの?」
トウカの問いに、フローラが少し考えてから口を開いた。
「王国のすべてが刻まれている設計図のようなもの。これを使って、未来へ命を繋ぐための“花”を、咲かせるの」
そう説明すると、彼女はコアセルの中心に手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、コアセルの奥深くが淡く光った。
「……いくね」
小さく何かを唱えながら、フローラが操作を始める。
「〈カルクレイン〉起動──異常なし」
フローラの声とともに、中心部が螺旋を描く。
「来たれ──受月の器」
淡く光を宿した構造体が、静かに、茎頂の芯に浮かび上がる。
それは、命を受け入れる器。芽吹きを始める“芯”だった。
「〈ラルファイン〉起動──異常なし」
フローラの声に呼応し、空間がふわりと震えた。
「翔べ──継命の羽」
その言葉とともに、器の周囲に細い光の筋がいくつも現れる。
それは風に乗って舞い上がる羽根のように、ゆるやかに弧を描きながら空間を漂う。
やがてその光の筋は、中心へと引き寄せられるように集まり、受月の器を囲むように、静かに舞い降りていく。
トウカが小さく息を呑む。
「ほんとに……花ができてる……」
「さて、最後は──」
フローラの手が、静かに動いた。
「〈エリオリア〉──起動」
……沈黙。
空気がふっと揺らぎ、何かが止まったような感覚。
フローラの表情が曇る。
「……あれ? コアセルの反応が……うまくいかない」
光の中枢が不自然に揺れた。
そのときだった。
継命の羽のさらに外側に、もう一層――同じような羽が現れ始める。
「ちょっ……これ、二重になってる……?」
トウカが一歩、後ずさる。
「器を囲うように……同じ構造が、もう一つ……逆流してるの?」
重なるように広がる“羽”。
そのさらに外縁――ふわりと浮かぶ淡い光。
そこに、再び“器”が、静かに浮かび上がった。
器、羽、羽、器。
均衡を欠いた連なりが、沈黙の中に不気味な規則性を刻んでいく。
「こんなの……見たことない……」
フローラの声は、戸惑いと困惑、そして小さな不安を帯びていた。
「……これ、どうなってるの……?」
トウカが、息を呑んだまま言葉を落とす。
リュミエールの心臓が、理由もなく高鳴っていた。
そして――
コアセルの中心から、黒い霧のようなものがふわりと立ち上がる。
光の脈動の隙間を縫うように、ゆっくりと空間を這い、周囲の空気を変えていく。
「……なに、これ……?」
その霧が一点に集まり、淡い人のかたちを描く。
中性的な姿、輪郭の曖昧なその存在が、目を開いた。
「……ねえ。
どうして、“いつも通り”じゃなきゃいけないの?」
その声は、どこか無垢で、どこか遠い。
「誰……!?」
トウカが一歩退き、反射的に手を腰へ伸ばす。
リュミエールも身構える。
そしてそのとき、リュミエールの顔が強張った。
「……お前は……!」
過去の邂逅が、鮮やかに脳裏を過った。
忘れようとしていた、あの“言葉”。
風が、音もなく吹き抜けた。
その存在は、微笑んだまま、ゆっくりとこちらを振り返る。
静かに、ただ静かに――
フォルミナが、そこに現れていた。
謎の少女はフロリゲンでした。タンパク質なのに小柄ってどういうことだ!というツッコミもあるかと思いますが、ファンタジーで許容していただきたく思います(笑)
さぁここからはトランスポゾンによるABCモデルの崩壊です!
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