第6章「芽吹の代償」第3話「頂への抜け道」
王国の中層部、若葉たちの集落を抜けてしばらく。
王国の上層へ続く道は、春の息吹に満ちていた。
リュミエールたちは、てっぺんを目指して歩みを進めていた。
「ずいぶん歩いたな……てっぺんって、意外と遠いのね」
トウカが軽く汗をぬぐいながら言うと、リュミエールが笑う。
「王国のてっぺんだもんな。簡単には辿り着けないってことさ」
そんな2人の隣を、少女はふわりと歩いていた。
彼女の足取りは軽く、疲れを見せる気配がなかった。
道は徐々に複雑さを増していた。
分化した細胞の壁が何層にも重なり、進むたびに迷路のように入り組んでいく。
リュミエールが何度も地図を確認しながら足を進めるが、はっきりとした経路が見えない。
「……遠回りかもしれないな。上部までまだまだかかりそうだ」
そう呟いた瞬間、少女がふいに立ち止まった。
「んー……やっぱり、こっちだね」
そう言って、少女は道を外れた脇の壁に近づく。
一見ただの細胞の重なりにしか見えなかった場所に、小さなすき間があった。
少女は迷いなく、その中へすっと指を差し入れる。
「抜け道…知ってるの?」
リュミエールが半信半疑の声を漏らすと、少女は得意げに笑った。
「うん。だって、てっぺんに行くなら、こういう道を知っておかないと」
「まるで最初から分かってたみたいな言い方だな……」
リュミエールが眉をひそめる。その隣でトウカが、少女の肩をぽんと叩いた。
「ま、進めるなら行ってみよ。細かいことは気にしない!」
少女がすっと抜け道に入り、リュミエールとトウカもそのあとに続いた。
狭い通路は湿り気を帯びていて、どこかぬくもりすら感じられる。
「なんだか……生きてるみたいな道だな」
リュミエールがぽつりとこぼすと、少女が振り返って言った。
「うん。この道は、もともと物を運ぶためにあるの」
「物?」
「葉で作られたもの。ごはんとか、元気のもとになるやつ。それを、必要なところに届けるための通路だよ」
「それって……王国の中の物流みたいな?」
トウカが首を傾げる。
「うん。でも、“流す”って感じの方が近いかな」
少女は、指先で通路の壁をなぞるように言った。
「あんまり教わったわけじゃないけど、なんとなく、そういう風に感じるんだ」
通路が開けたその瞬間、空気が変わった。
柔らかな光が、どこまでも優しく包み込む。
芽吹きの気配が満ちている。
──ここが、王国のてっぺん。
その静寂の中心に、ひとりの影があった。
「……ノア様?」
リュミエールは思わず声を上げた。
あの静かな眼差し――命繋の〈封衛隊長〉ノアが、そこにいた。
ノアは気配を感じ取ったように、ゆっくりと振り向く。
穏やかな表情のまま、けれどわずかに瞳を見開く。
「君たちが……ここへ?」
「はい。道案内をしていたら、ここにたどり着いて……」
トウカが答えると、ノアは少女に視線を移す。
しばしの沈黙。まるで、何かを確かめるように。
少女を見つめるノアの瞳が、ふと遠い記憶に触れたように揺れた。
「……そうか。君たちが、選ばれたのか」
「え?」
リュミエールが眉を寄せる。
「選ばれたって、どういう――」
ノアの声が少しだけ、硬さを帯びる。
姿勢を正し、ゆっくりと頭を下げた。
「この先に、感染の痕跡はありません。敵も確認されていない。どうぞ、安心してお進みください」
トウカが目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待って……どうしたんですか?ノア様がそんな冗談を言うなんて。ミコル様じゃあるまいし……」
けれど、リュミエールは気づいていた。
その言葉は、自分たちに向けられたものではないことに。
彼がそっと振り返ると、少女は立ち止まったまま、ノアの方を見ていた。
そして、ほんの少し、微笑んだ。
まるで、その働きをたたえるように。
ノアの瞳が、わずかに和らいだ。
「さあ、この先が、王国の頂――君たちが見るべき場所だ」
その言葉に、春の風がそっと吹いた。
そりゃあ師管を通って茎頂分裂組織まで来ますよね!
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