第6章「芽吹の代償」第2話「新しき葉の地で」
春が来た。
息をひそめていた時間が、そっと動き出す。
白に覆われていた大地は、少しずつ色を取り戻し始めていた。
「行ってみよっか。新しい葉、芽吹いてるらしいよ」
トウカの声に、リュミエールは頷いた。
まだ冷たい風に耳をすませながら、二人は王国の南縁にできたばかりの新芽の地――新たな柵状組織の集落へと向かった。
そこは、柔らかな光が溢れていた。
光合成が始まり、呼吸が戻り、命の循環が再び流れ出す。
それでも――そこにいたのは、知らない顔ばかりだった。
「わぁ……誰?知らない人だ!」
「初めて見る顔だよー!」
「ねぇねぇ、遊びに来たの?」
「だったら、一緒に遊ぼ!」
次々と群がってくる子供たち。
幼い。
そして、どの顔にも見覚えがない。
かつての仲間たちは、もう――いなかった。
戸惑うリュミエールの視線の先に、ひとり、静かに立つ少女がいた。
年の頃はリュミエールよりも少し幼いか、同じくらいだろうか。
雪解けの風に長い髪が揺れ、陽を映すその瞳は、淡い金に近い春の光を宿していた。
薄く透けるような衣――他の子どもたちとは違う、どこか儀式的な印象を受ける布地だった。
袖口に施された模様は、王国のどの紋章にも見覚えがない。
リュミエールがそっと声をかける。
「……君は?」
「わたし?」
少女は小さく首を傾げ、ゆっくりと瞬きをした。
その仕草は、何かを測るように静かだった。
「ここで、何をしてたの?」
「見てたの。空と光」
「……ずっと?」
「うん。朝から。でも、寒くはないのよ。不思議だけど」
声は澄んでいた。
けれど、どこか芯がない。夢の中の言葉のようだった。
「……名前は?」
「あるけど、今は言わない」
にっこりと笑うその表情に、警戒も敵意もなかった。
トウカが思わず吹き出す。
「なによそれ、秘密主義?」
「違うの。ただ、まだ、タイミングじゃない気がして」
リュミエールがその言葉に小さく息を呑む。
何かが引っかかった。言葉の選び方が、ただの子どもとは思えない。
「君は、何を望んでいるんだ?」
少しの沈黙ののち、少女は空を見上げた。
「王国のてっぺんに、行きたいの」
リュミエールとトウカが、思わず顔を見合わせる。
「どうして?」
リュミエールがそう尋ねると、少女はそっと目を細めた。
「運命、だから」
ただの思いつきのようでいて、あまりにも自然に放たれたその言葉は、まるで王国の奥深くに、静かに根を下ろしているように聞こえた。
「変な子だね」とトウカが笑う。
「けど、なんか放っとけないかも。ね、リュミエール」
「……ああ」
リュミエールは静かに頷いた。
「じゃあ、案内するよ。てっぺんまで、王国の、一番高いところまで――」
少女の表情が少しだけ、柔らかくなったように見えた。
春の光が、その笑みを、やさしく包みこんだ。
春に葉で出会う不思議な少女。あーきっとあれね、と感じてらっしゃる方も多いのではないでしょうか。おそらく予想通りです(笑)
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