第5章 「落ちゆく者たち」第4話「灯火の願い」
朝の空気は、どこかしんと澄んでいた。
遠くから聞こえる鳥のさえずりが、やけにやさしく胸に沁みる。
落葉の日まで、あとわずか。
それでも、柵状組織の集落には、いつもと変わらぬ光があった。
昨日、あの知らせを受けた場所に、トウカたちはまた足を運んでいた。
「おはようー!」
笑顔で駆け寄る子どもたちに、トウカが一瞬だけ、目を伏せる。
その明るさが、かえって胸に刺さるようだった。
「えっと、お願いっていうのはね」
一人の子が、そっと声をかけてきた。
「私たちが集めてた宝物、ちゃんと残しておきたくて……」
リュミエールとトウカが顔を見合わせる。
「……宝物?」
「うん。大事なもの。最後に、置いていけたらって。
でも、燃やしちゃうのはイヤだから、どこか別の場所に……」
「だったら……カイン様なら!」
トウカがはっとしたように声を上げた。
すぐに、リュミエールたちは柵状組織の集落を飛び出した。
目指すは、碧苑――育みの環を巡らせる者 カインのもと。
澄んだ水音が響く中、温かな風が吹き抜ける。
リネアの先導で苑の奥へ進むと、眩しい光の中からカインが顔を出した。
「あれ?どうしたの、そんな真剣な顔して」
軽く首を傾げる彼に、リュミエールは事情を説明する。
最後まで話を聞いたカインは、少しだけ視線を空に向け、そして笑った。
「……そっか。そういうことなら――もちろん、いいよ!」
声は明るく、けれどその奥に、ちゃんと優しさがあった。
「宝物ってのはね、仕舞い込むもんじゃないんだ。誰かの手に届いて、また何かを守る――そういうふうに、生きてくもんだよ」
「届けるよ。ちゃんと、必要な場所に。その子たちの想いごと、ぜんぶ、運んであげるから!さぁ、そうと決まれば、急いで彼らの元に向かおう!」
カインとともに戻った集落では、子どもたちが宝物を手にして待っていた。
それは、まるで光を凝縮したような、小さな輝きだった。
一つひとつ、形も色も違う。
柵状組織の子どもたちが、それぞれの思いで集めた“ひかり”たち。
カインは、そのすべてを丁寧に受け取っていった。
手のひらに乗せるたびに、彼の瞳がほんのりと滲む。
そして――
「……紅葉……」
トウカが、呆然とつぶやく。
子どもたちの体が、少しずつ、色を変えていく。
燃えるような赤、優しい黄、やわらかな橙――
まるで、心の奥に積もった思いが、葉の色に溶け出したみたいだった。
「……きれい、だね」
リュミエールがぽつりとつぶやいた。
でも、その美しさに比例するように、別れの時も迫ってくる。
「うぅっ……」
堪えきれずに、トウカの頬を涙が伝う。
そして、落葉の日。
一人の子が、トウカの手をぎゅっと握った。
「こわくないの?」とトウカが尋ねると、
「うん。ちゃんと、終わらせるって決めたから」
そう言って、笑った。
リュミエールは、静かに目を閉じる。
(この願いが、せめて冬を越える灯火になるように……)
エリスが、そっと腕を掲げた。
「……これより、離層の形成を開始します」
空気が変わる。静かに、けれど確かに。
魔法のような静けさとともに、柔らかな光が集落を包んだ。
トウカはもう堪えきれなかった。
膝から崩れ落ち、嗚咽を押し殺すように顔を伏せる。
その震える背を、リュミエールがただそっと支えた。
彼もまた、涙を滲ませながら、終わりの瞬間を見つめていた。
そして――
ひとひら、ふたひら。
季節の静寂をまとって、命はそっと枝を離れた。
音もなく。まるで、夢の続きをなぞるように。
紅葉ですね。落ちゆく葉が持つ、まだ使える栄養素を他の組織に分配し、結果として光合成に必要なクロロフィルが抜け、相対的にカロテノイドの割合が高くなることで起きる現象です。まだ解明されていないことも多い、神秘的な反応なんですよね。
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