第4章「群襲の兆し」第5話 「帰還の風」
戦場が、静けさを取り戻しはじめていた。
響いていた悲鳴と叫びは次第に消え、空気に重たい余韻だけが残る。
地に伏した巨大な幼虫たちの影が、森の光に滲んでいた。
ジャロスは素早く辺りを見渡し、近くの偵察兵に声をかけた。
「周辺の確認だ。残党の兆しがないか、頼む」
兵士たちが頷き、森の奥へ散っていく。
「すっごかったですね、モネさん!」
戦いを終えたばかりのトウカが、興奮を隠しきれない様子で声を弾ませる。
「詠唱とか、あの光とか……なんていうか、召喚術みたいで……!モネさんって、あんなのもできるんだ!」
「いえ……私はただ、風の気配を感じ取っていただけです。条件さえ揃えば、誰でも……」
控えめに微笑むモネ。その頬はほんのり赤らんでいた。
「その“誰でも”が、そう簡単にはいかねぇんだよ」
ジャロスが肩を軽く叩く。
「よくやった、モネ。お前の読みがなきゃ、全滅してたかもしれねぇ」
「……っ!」
モネの頬が一気に紅潮し、両手を胸元できゅっと握りしめた。
「兄様に……そんなお言葉をいただけるなんて……モネ、生きててよかった……っ!」
うるんだ瞳で見上げながら、一歩、また一歩と兄にじり寄る。
「もう、何度でも呼びますね!アリでもハチでも何でも!王国の隅々まで飛ばしますとも!」
「……やれやれ、またこの調子か」
ジャロスは困ったように片手で額を押さえたが、その表情にはどこか諦めにも似た苦笑が滲んでいた。
モネは全く気にせず、なおもうっとりとした笑みを浮かべている。
リュミエールは苦笑しながら、そっと思った。
(……王国で一番の手練れを、最も手こずらせるのが実の妹とは……ジャロス様も、大変だな)
隊は再び一つになり、ゆっくりと森を後にした。
湿った土の匂いを背に、疲れた足取りのなかにも、確かな安堵があった。
* * *
夕刻。報告の場。
リュミエールたちは、アウラのもとへと戻ってきた。
玉座の間に差し込む光が、かすかに赤く染まっている。
「よく戻りました」
アウラが優しく微笑み、三人を迎える。
「とくに、今回の件で最も功績をあげた者がいると聞いています」
アウラは優しく微笑むと、そっと視線をモネへと向けた。
「……あなたのことですよ、モネ」
「えっ、わ、私ですか……?」
モネの声が小さく跳ねる。
「周辺国家への情報伝達と、天敵誘引。どちらも、命繋に欠かせぬ働きでした。誇ってください」
「はいっ……!」
その様子を、ジャロスが満足げに見ていた。
「さすが、俺の妹だ」
「そっか……」
トウカが、リュミエールの隣で小さく呟いた。
「私も……いつか、あんなふうになれるのかな。あんなふうに、誰かの役に立てる日って、来るのかな……」
「来るさ」
リュミエールは、迷いなく言った。
「トウカなら、絶対に」
その声に、思わず顔を向けた。
まっすぐに前を見つめるリュミエールの横顔は、以前より少しだけ大人びて見えた。
「……そっか。ありがと」
トウカは笑った。
けれど、ふと気づく。
――いつからだろう。リュミエールの言葉に、私が救われるようになったのは。
これまでは、励ます側だったはずなのに。
気がつけば、追いかける立場になっていた。
置いていかれる――そんな焦りが、胸の奥に小さな火を灯す。
でも、だからこそ。
トウカはその火を握りしめるように、もう一度、前を向いた。
吹き抜ける風が、ほんの少しだけ季節を変えたような気がした。
* * *
そしてジャロスは、少し遅れて報告の場に現れたミコルに向かって、深く頭を下げた。
「……ありがとうよ。お前の読み、的中だったな」
「私は何もしてませんよ。実行したのは、あの子たちです」
肩をすくめるミコルの目に、わずかな優しさが宿っていた。
こうして、“群襲”の一件は、静かに幕を閉じた――
だが、それは新たな気配の、ほんの前触れにすぎなかった。
リュミエールの成長と、それを想うトウカの心境と。これから描いていきたいですね。
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