第4章「群襲の兆し」第4話 「黒き牙」
虫たちはなおも蠢いていた。
プロテインインヒビターが通用しない個体――変異体たちが、前線を押し返し始めていた。
剣を握る手が震える。
リュミエールも、トウカも、それぞれの剣が通らない現実に直面し、歯を食いしばる。
「ジャロス様……このままじゃ……!」
リュミエールの叫びに、ジャロスはほんのわずか口角を上げた。
「焦るな。……お前らは誰と一緒に来た?」
そう言って顎をしゃくった先――
モネが立っていた。
風を読むように、静かに目を閉じている。
周囲の空気が、すこしずつ変わっていくのを誰もが感じ始めていた。
「モネは、ただの伝令じゃねぇ。奴の真価は――“呼ぶ”ことにある」
「呼ぶ……?」トウカが眉を寄せる。
「天敵だよ。薬が通じねぇ、剣も通らねぇ。――だったら呼ぶしかねぇだろ、“奴らより強い牙”をよ。モネはそのために来た。いや――最初からこうなると、ミコルは読んでいたんだ。さすがだぜ、あいつは」
モネの周囲に、霞翠の光が立ち上る。
手には細やかな羽根型の刃。
風を裂くように、その刃が空に弧を描く。
そして――モネの低く澄んだ声が、詠唱のように空へ解き放たれる。
「静寂を破りし風よ
黒き牙を纏いて来たれ
命を脅かす蛮を裂く刃よ
今こそ、この地に、牙を立てよ」
その詠唱に、トウカが思わず目を見開いた。
「ちょ、ちょっと待って……それ、今始めたわけじゃないの……?」
どこかでずっと仕込まれていたような、あまりに自然な流れ。
まさか、あの移動中から……?
「……はっ、さすがだな、モネ」
ジャロスが半ば呆れたように笑い、腕を組んだ。
「時間がかかるのが難点だったろうが……もう、ほとんど終わってるじゃねぇか」
風が一気に渦を巻き、空が震えた。
光が収束する。だが、何も現れない。
「……モネさん?」
トウカが不安げに声を漏らす。
そのときだった。
森の奥から、地を踏み鳴らす無数の足音が響いてきた。
「来たか――」
低く呟いたジャロスの声とともに、黒き影が森を駆ける。
クロヤマアリ――光に導かれし、ハスモンヨトウの天敵。
小さな巨兵たちは、迷いなく幼虫に飛びかかった。
鋭い顎が、変異体の皮膚をも食い破る。
「す、すごい……あれが……」
リュミエールの呟きに、トウカも頷いた。
「モネさん……やっぱりすごいよ……!」
もはや形勢は決していた。
敵は押し戻され、戦況は一変した。
その中心にいたのは、誰より静かで、誰より確かな風を読む者――
モネだった。
メチルジャスモネートの働きの一つ、天敵の誘引です。敵ごとに呼べる昆虫も違うみたいです。植物たちもじっとしてるようで色々活動してるんですね。
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