序章「植物の王国」
この物語は、植物ホルモンを擬人化して描いたファンタジーです。
高校生物程度の知識があれば、「ああ、これはあれか」と気づける場面が、きっとあると思います。
とはいえ、専門知識がなければ楽しめない、ということはありません。
物語として、ひとつの命のあり方を感じていただけたら、それだけで十分です。
「こうしたらもっと面白いかも」
「この表現は、こう解釈する方が正確かも」
そんな気づきやご感想を、どんな形でもお寄せいただけたら嬉しいです。
遥かなる植物の王国――フィトリア。
この国は、葉を広げ、根を張り、花を咲かせ、実を落とし、やがて眠る。
そんな命の営みが、巡りを成し、王国を支えている。
中心にそびえるのは、一筋の塔。
名を「皓塔」という。
塔の頂に立つのは、白衣の少女。名はアウラ。
彼女の視線が向いた先に、若枝は伸び、梢は傾きを変える。
王国を導くのは、威でも策でもない。
彼女の静かな指先が、命の進む方角をそっと教えるのだ。
塔を囲むように、東西に二つの殿がある。
東の蒼殿には、朝の気配をまとう青年が住まう。名はジルヴァ。
眠っていた芽が、彼の言葉を合図に動き出す。
命の鐘が鳴り、大地はふたたび呼吸を始める。
西の朱殿には、凛とした女が佇む。名はシア。
彼女が目を閉じるとき、葉は落ち、花はしぼみ、王国はしばしの眠りへと向かう。
静けさとともに訪れるのは、春を待つための穏やかな眠り。
塔の下層、王国を取り巻くふたつの苑。
碧苑には、陽気な青年が駆ける。名はカイン。
老いた枝にも若さを注ぎ、滞った巡りを再び流す。
命の輪を絶やさぬために、彼は今日も走っている。
赫苑には、柔らかな微笑をたたえた女性が立つ。名はエリス。
枯れることを恐れず、実を落とすことの美しさを知る者。
終わりを受け入れる勇気を、彼女は静かに教えてくれる。
五つの拠点は、まるで五芒星を描くように王国を囲み、互いに牽制し、支え合いながら、フィトリアというひとつの“生命体”を形づくっていた。
そして、彼ら五人は――
継環の五耀星と呼ばれていた。
⸻
王国の片隅。
塔の影が届かぬ場所に、小さな訓練場がある。
そこで、数人の若き騎士たちが汗を流していた。
未来の命を託される者――継環騎士団〈命繋〉。
王国を守る精鋭の、その末端に立つ新入りたちだ。
その中に、一人の少年がいた。
名前は、リュミエール。
この春、命繋に加わったばかりの無所属の候補生。
どこへ向かうのか、まだ誰も決めていない。
彼自身すら、それを知らない。
だからこそ、さまざまな任務に顔を出し、
いくつもの“命”の現場を知ろうとしていた。
そんな彼を見守るのは、幼馴染の姉御肌――トウカ。
剣を振り、牙を研ぎながらも、いつも彼の背を押している。
春を待つ枝先のように。
まだ“形”を持たぬその命が、
いつか何かを照らすことを――
誰もがまだ知らなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
小さな命の揺らぎの中に、何かひとつでも感じるものがあれば、とても嬉しいです。
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