魔獣討伐
「ほらほら、ミオルン。」
上機嫌で獲物を見せつけるケインバーグさんに、もう突っ込む気力もない。
現在はマゼンダ国から2つ離れた国の森林で魔獣討伐の依頼をこなしている。これで教会を出てから4回目の依頼だ。
「たまには手に職つけてみるのもいいね。」
かれこれ1時間ほど森の中を駆け巡っていたケインバーグさんはそういって一息つく。つい先日冒険者登録をしたケインバーグさんは、既に冒険者としてのランクがCまで上がっている。俺も一緒に行動しているお陰で、前までは最下位のEランクだったのがDランクへと上がったが素直に喜べない。
「それにしてもこれ、どうやって運ぶんだ。」
今までの依頼は薬草採取だったから魔物は倒してもそのまま埋めて終わっていた。
今日が初めての討伐依頼なのにやる気を出し過ぎではないだろうか。
この短時間であっという間に出来上がる魔物の山を、俺は眺めることしかできなかった。補佐すらもできず、精々邪魔にならない場所で2匹仕留めただけだった。
「あぁ大丈夫。ほら。」
そういってケインバーグさんは手をかざし、魔物の山が消える。空間魔法だ。今までもケインバーグさんの魔法を見たことはあったが、さすがエルフ。もう、魔法を見ても感動も驚きもない。
取りこぼしがないことを確認して、ギルドの方向へ足を進める。
依頼は受けた場所と別のギルドで済ませても問題ないから、俺らは毎日違うギルドに向かい少しずつ色々な場所を渡り歩いている。ギルドごとで依頼内容にも違いがあり面白い。
「さて、今日はここで野宿かな。」
森の出口付近に着いたところで辺りはすっかり暗くなる。出口付近とは言えまだ人家が見えるほどの場所ではない。俺の持っているテントは1人用なのでケインバーグさんのテントを借りる。
「ほい。」
妙なかけ声と共にテントが一気に組み立てられる。ケインバーグさんが魔法で作り出すテントはいつも形が違う。今日は小さなログハウス。中は台所と寝室が2つ。これが野宿かは疑問だが、とにかく俺らはここで一夜を過ごす。食材は道中で採った木の実と魔物の肉。
ケインバーグさんが魔物を処理し、それを受け取って俺が料理をする。
料理は冒険者や騎士に必須の技術だと学校でみっちり仕込まれている。美味しいモノを食べ慣れているであろうケインバーグさんも舌鼓を打ってくれるので、真面目に勉強していてよかった。
その後早々に俺は眠り、翌朝から再開される長距離の移動に備える。
「それにしても、魔法って便利だよな。なんで俺らには使えないのか。」
ケインバーグさんがテントを片付ける様を見ながらそう呟く。誰だって1度は自分の魔法を使う様を妄想したことがあるだろう。
「おや、ミオル君は魔法が使ってみたいのかい。」
俺の言葉に耳ざとく反応し、そうやって揶揄うように笑う。
「悪いか。エルフはいいよな。俺ら人間には何もないのに。」
そんなケインバーグさんが癪に障り言い返す。
「ミオルン。それ本気で言ってる?」
いつものニコニコ、というかヘラヘラとした笑顔が消える。
「な、なんだよ。」
その表情がリルの様で、やっぱり家族だなどと余計なことを考える。
「ミオルンは、リルから何も教わってないの。」
口調だけはいつも通り。
リルから教わったことは色々ある。常に疑問を持ち続けることを、学んだ。色んな視点から物事を見る方法も、学んだ。他に何か、俺の知らないことがあるのだろうか。
「はぁ、あの子もまだまだかな。」
なぜか父親面をするケインバーグさん。そして俺を見つめる。珍しく真剣なその表情に、不覚にも少し怯んでしまった。
「ミオルンは生き物の生きる目的ってなんだと思う。」
リルがそうしたように俺に質問を投げかける。
生き物。この場合は動物と魔物の総称だろう。
動物とは魔力を持たない生き物のことだ。人間もここに分類され、魔力を持つエルフなどの動物は魔物と呼ばれる。その中でも意思疎通を図れない生き物が魔獣だ。考えもナシにウロチョロ動くため冒険者ギルドに討伐依頼が出ることも多い。
そんな彼らが生きる目的。これは分かりやすい。
「繁殖行動のため。」
正確には子孫を残し、種を繁栄させることだ。悩むまでもない。
「まぁ、無難な答えだね。」
そんな文句を言いガッカリした表情を浮かべる。
リルはどんな答えを返しても表情を変えなかった。そのせいで答えに自信が持てず不満だったが、こうやって表情に出されるのもそれはそれで不安になる。我ながら勝手だ。
「じゃぁ君たち人間の目的は?」
ガッカリした表情は消さず質問が続く。ほら早く、と癪に障るカウントダウンを始める。これではゆっくり考えることもできない。
「繁殖行動、だろ。」
自分でそう言うが、自信はない。
俺ら人間にとって生きる上で子孫繁栄はあまり優先順位は高くない。どちらかといえば生きること、美味しいものを食べること、賢くなること、そういった欲の方が上だ。
「まぁ及第点。人間も動物だからね、間違ってはない。ただミオルンたち人間がそこから少し外れているのも事実だね。」
俺の言外に含まれる注釈まで読み取られている。俺の性格を理解されたと喜ぶべきか、見透かされていると思うべきか。
「そんな少し特殊な人間だから、悩むんだよね。ミオルンみたいに魔法に憧れる人間は多いよ。」
現実を理解している大人の方が、その傾向が強いかな。と付け加え俺の反応を見るように言葉を止める。
確かに魔法に憧れていた子どもの頃と、今とではそれにむける視線の意味が違う。あの頃の純粋な気持ちに比べると、今の気持ちは嫉妬に近い。それでも羨む気持ちは止まらない。
「そこで質問。なんで、人間がいると思う。」
質問の意図が分からず突っ立ったままの俺に、補足説明がつく。
「言い換えれば存在価値。人間の存在価値はなに?」
まさか、そんな質問を投げかけられるとは思っていなかった。そんなの、考えても意味がない。
俺らがこの世界に存在する意味。今までの俺の人生を振り返っていろいろ考えてはみるが、イマイチピンとこない。
人間のいない世界を考えてみると、なんとなく上手く回っている気がする。
「ない、んじゃないか。」
考えれば考えるほど、そう思えてくる。
よく『存在価値のない生き物はない』と言われるがそれはきれい事だ。世の中のどんなピースが欠けても、なんだかんだで世界は回る。
「達観してるね。」
正解とも不正解ともつかない反応が返ってくる。リルと一緒にいたら嫌でもこんな思考になるだろう。
「ま、そんな風に自分の存在を深く疑えるのはいいことだよ。ミオルンにはエルフの素質があるね。」
「俺がエルフに、か。」
魔法も使えない俺に、そんなことを言う真意が知れない。
「そうエルフ。」
そういって意味深に笑い、質問を続ける。
「次はじゃぁ、エルフの存在意義と、生きる目的ってなんだと思う。」
どちらともさっきまで考えた問いだ。
存在意義、はエルフでも変わらない気がする。というかエルフは基本他の生き物と関わらない。ケインバーグさんも職や住を定めず旅をしてきたようだし、他のエルフも同じようなモノだ。魔力量は多いが他の生き物へ与える影響は小さい。
対して生きる目的は、分からない。動物は繁殖行動でしか増えないが、エルフはそれが必要ない。魔物の中でもエルフは特殊だ。そんなエルフの生きる目的。1000年近く生きるからには、その目的があるのだろう。
ケインバーグさんはニヤニヤと不愉快な笑いを浮かべこちらを見ている。どうせ正解は出ないと思っているのだろう。
「この世界を見守ること。」
我ながら宗教チックな回答だ。エルフが眷属だと言う話は、エリック教の教え以外では出てこない。例え真実だとしても、それが質問の答えになるわけではないだろう。
「それって、エリック教の話?」
案の定不愉快そうに眉を寄せる。
「確かに私たちの祖先は眷属としてこの世界に降りてきた。けどさ、その役割を私たちに求められても困るわけ。」
少し子どものようないじけた表情。自分勝手な俺ら人間に、色々と言われることがあるのだろうか。
そんなケインバーグさんにどう返せばよいか分からず当たり障りのない返事をいくつか言う。
眷属として、どういったことを求められるのか俺には分からない。リルは、平気なのだろうか。そもそもあの国の人は、リルがエルフだという事実を知っているのだろうか。
「まぁ、それはいいんだけど。」
俺の慰めで気を良くしたようで、いつもの様な浮ついた表情で話し続ける。俺もリルのことは頭の隅に押しやる。
「私たちの存在意義は、ミオルンも気付いてるだろうけど、ない。眷属としての指名も薄れている私たちは、1000年もの命を与えられるなんて皮肉だよね。」
皮肉、なのだろうか。折角与えられたなら素直に受け取っておけばいいのに。そう思えるのは、俺が50年の命を与えられている人間だからだろうか。
「けど、存在意義がないからと言って生きる目的がないとは、限らないからね。」
「はぁ。」
知っている。人間だって、俺には想像ができないだけで何かあるはずだ。
「私たちエルフは1000年という人生を、ほとんど職を持たず放浪するのは知ってるでしょ。」
1度俺の反応を見て話を続ける。
「それはその必要がないからっていうのもあるけど、生きる目的とも関係があるんだ。私たちエルフはこの長い人生で色々なモノを見て考え、生きるという問いに向き合う。」
一気にそう言ってから俺の様子を窺う。生きる、と向き合う。イマイチ理解できない。俺が旅に出たのは世界を見て色々な文化に触れたいと思ったからだ。それとは違う。
生きる、と向き合うなんて考えたこともなかった。
「ミオルンたちの言葉で言えば、哲学者ってところかな。」
俺を助けるようにそう付け足す。哲学者、と言われても。そう呼ばれる人がいるのは知っているが、どんなことをしているか俺は知らない。
「そうですか。」
とりあえず返事をするけれど、理解できたとは言いがたい。それに気付いているようで、ケインバーグさんはまだ言葉を探している。
「まぁ、そのうち分かるよ。とにかく私が言いたいのは、」
しばらくして思考を放棄し、話を本題に戻す。確か、俺が魔法を使ってみたいと言ったのが始まりだった。
「私たちエルフは何でもできるけど、その代わり君たちみたいに本能的な生存欲がないの。それに比べて君たちは、欠けた部分を補おうという欲求がある。人間は劣等感とか嫉妬とか呼ぶけど、そういうのがあるのはいいことだよ。少なくとも全てを持つ私たちより、ミオルンたちのほうが幸せをたくさん持っている。」
言葉だけをなぞればエルフに同情してしまうが、実際それを言うケインバーグさんの表情は溌剌としたものだ。エルフにとってはその、色々自分で発見しながら生きる生き方があっているのだろう。リルもケインバーグさんも、今まで会ってきた大人たちとも違う自分の考えを持っている。それがエルフなのだろう。
その話はそこで終わり、またギルドに向かって歩き始めた。日がすっかり登り切った頃にギルドへ到着し、ケインバーグさんが魔獣を出して驚かれるというお約束のやり取りを終えて次の依頼を受けた。
次は護衛の依頼だ。依頼は明日から1週間。久しぶりに宿で寝泊まりするが、普段が快適すぎて感動はなかった。