宗教と子どもたち
この国に足を踏み入れてから5ヶ月が経った。
今まで孤児院は少数の職員で回されていた。孤児院の職員は衣食住との等価交換として子どもの世話をしているのだが、俺の場合は目的が違う。依頼達成のためにも休みが欲しいとリルに頼み込み、職員が新たに2人追加された。
子どもたちが学校に行ったり洗濯を始めたりする頃、俺はのそのそと起き出す。
「お兄ちゃんおはよう。」
「あらミオル君、もうちょっとゆっくりしてても良かったのに。」
皆に挨拶をしながら食堂に向かい朝食を摂る。
「おはようございますミオルさん。」
先月入ったばかりのバルトンさんが厨房から出てくる。
「おはようございます。」
挨拶を返すが正直俺はこの人が苦手だ。
食事をしているとバタバタと子どもたちが入ってくる。
「ミオル、早く行くぞ。」
俺が食事する様を焦れったそうに見ている。今日は一応休みだが、子どもたちに街を見せて回る約束をしている。ちゃんと教会の方まで行って外出許可も出した。
「ミオルさん。今日は子どもたちにメリルバーグ様とエリック様の治めるこの国を、見せてあげてください。」
そういってにこやかにお辞儀をする。
返事をする顔がこわばっているのを感じる。バルトンさんも他の職員同様に住む場所がなくここへ来たのだが、他の人と異なり宗教色が強い。
エリック教のこともあまり知らない俺は、どうしてもバルトンさんの発言に敏感になってしまう。
「はやく。」
そんなことを考えている間も子どもたちはうるさい。急いで食事を済ませ、食器類はバルトンさんに任せて孤児院を出る。上の子たちが学校に向かう列に続いて門を通り、門番に同意書を見せる。
お決まりのエリック教の挨拶と共に送り出される。
塀の外を見るのが初めての子どもたちは、嬉しそうにはしゃいでいる。
ここはマゼンダ国の中心であるアランカールという都市だ。孤児院から出た辺り西区には住宅地が、教会の正門付近北区には露店が、裏門付近南区には工房や研究室、学校が固まっている。そして残る東区がかつて貴族街と呼ばれた場所だ。
「ねぇ、今日はどこ行くの。」
今日連れてきているのは学校に入学直前の3人。珍しく緊張した面持ちのジルマ、それとは反対に好奇心で目を輝かせているフィアル。人の多さに怯えているマルクス、それぞれの性格が表れている。
フィアルがはしゃぎながらそう尋ね、危うく人とぶつかりそうになる。塀の中だと気付かないが、門の付近は意外に人通りが多い。教会に向かうための馬車や人があちこちから集るのだ。
「ご、ごめんなさい。」
フィアルは端から見ても分かりやすいほど落ち込み、相手に謝っている。
「いやいや大丈夫嬢ちゃん。それより教会に向かうのかい、よき出会いがあることを。」
相手はそんなことをいってまた人の流れに乗って移動を始める。フィアルはほっと息をついている。
3人がちゃんといることを確認し、気を取り直し俺らもその後に続く。塀に沿って10分ほど歩くと更に人が増え、商人の声が聞こえる。
境界に真っ直ぐ続く一本道に道沿いに商店が並ぶこの国最大の商店街、バルカルト街だ。
色とりどりの服を売る店、異国の食器を売る店、可愛らしい筆記具を売る店、その中で交わされる客と店主とのやり取りに3人とも呆けている。
そんな3人を引き連れ、人の流れから逃れるように店へ入る。どうやら装飾品の店のようだ。俺は興味ないが、フィアルとマルクスが目を輝かせている。自分の服に当ててみてはキャッキャと賑やかにはしゃいでいる様をジルマも呆れた表情でみている。
2人が期待を込めた眼差しを向けてくるが、今日支給されているお金では買えない。今回の外出の目的は社会勉強と入学祝いだ。入学まではあと1ヶ月ほど。自分用の筆記具入れを買うという目的の下、100フィン入った財布をそれぞれ持ってここまで来た。筆記具入れが1個ギリギリ買えるだけの金額だ。
「本当にこれで買えるの。」
マルクスが不安そうに財布の中の硬貨を見つめている。孤児院で1番の心配性は、ここでも変わらないようだ。
「大丈夫。」
始めてお金に触れる3人に手本を見せるため、目についたモノを手に取り店主に声をかける。自分の財布からお金を出す。
「ま、こんな感じ。値札が置いてある場所もあるし、ない場所は店の人に聞けば良いから。」
3人とも文字が読め、計算もできるから心配はないだろう。1度店から出て文具店に入ると、思い思いのモノを探しに店内を歩き始める。
1番最初に決めたのはジルマだ。ジルマらしくかっこいい革製のモノを選んでいる。
その次はフィアル。少しおとなしめだ。上のお姉ちゃんたちを見て背伸びしてみたのだろう。
1番悩んでいるのはマルクスだ。マルクスは可愛いモノ好きだが、自分の見た目に合わないとでも思っているようだ。必死に隠している本人には申し訳ないが、皆気付いている。
「おまたせしました。」
結局無難な無地の木製のモノを選んでいる。まぁ、とりあえず3人とも初めての買い物が成功して嬉しそうだ。さっき買ったハンカチ、適当に取ったレースのついた可愛いやつと3人の筆記具入れをカバンに仕舞う。
次は教会。これはバルトンさんの希望だ。後で感想文を書かせるといっていたから飛ばすわけにはいかない。日が昇り少し暖かくなった。相変わらず賑わう道を人の波に乗って教会に向かう。
教会の礼拝堂は誰でも入ることができる。とはいえ、そこは教会のほんの一角。他のリルの部屋や修道士の部屋は限られた人しか入れない。
「こんにちは。」
中に入ると修道士たちと挨拶を交わす。普段ここに来るときは直接リルの場所に来るから、ほとんどの人とは顔を合わせたことがない。
ちょうどお祈りの時間のようで、席に着くと話が始まり3人も静かになる。
「さぁ、皆さん手を合わせて。」
修道士の声に合わせて他の人が祝詞を唱え、その後修道士の話が始まる。エリック教の始まりがスラスラとその口から流れている。思えばエリック教については学校で軽く学んだだけで、改めて聞いてみると少し見方も変わってくる。3人も他の人も物音1つ立てず、礼拝堂には修道士の声だけが響いている。
話が終わると再度祝詞を唱え、堂内に賑やかさが戻る。
「どうだった。」
隣で大人しくしている3人に尋ねる。少し子どもには難しい内容だった気もする。
「エリックさんってすごいんだね。私も魔法使えるかな。」
「おれも国をつくる。だれもお腹のすかない国にするんだ。」
ジルマとフィアルが一斉に喋りだす。それぞれ自分なりの解釈で楽しめたようだ。2人はあまりエリック教の色には染まらなそうだな。
気になるのはマルクスだ。なぜかずっと黙っている。感受性が強く、宗教色に染まりやすそうな性格だから心配だ。
宗教を否定したいわけではない。ただ、世界には色々な宗教があり色々な考え方がある。それぞれの長所短所を知り、その上で自分が何を信じるか決めて欲しい。そう保護者としては願っている俺がこう考えるのも無宗教の家で育ったからかもしれないが、とにかく宗教は簡単に決めるモノではない。
目を輝かせてる2人とマルクスを連れ教会を出る。昼食時間が近いので今回は近道を使う。教会と孤児院を隔てる塀に作られた小さな門を通り、いつもの家へと帰る。
こうして短い社会勉強は終わり、俺はちゃんと残り半日を人材捜しに費やした。とはいえ、いま俺が行動できるのはアランカール内だけなので、会える人も限られている。いつかまとまった休みが取れたらマゼンダ国内の地方にも足を運びたい。
それからマルクスは孤児院にあるエリック教の本に興味を示すようになり、他の2人は変わらなかった。俺も少し興味が湧いてバルトンさんに尋ねた。喜々としてエリック教の教えを語る姿は理解できなかったが、神殿長としてのリルの偉大さは感じた。