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エルフになるとは  作者: 月目亜夏
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宗教国マルンダ

 この世界で宗教と言えば、エリック教が一般的だ。名前の通り創造主『エリック』を信仰する宗教で、1番信仰が根深い国がマルンダだ。宗教国と呼ばれるほど、宗教が歴史や文化と絡み合っている。

 理由は大きく2つ。まず、エリックの眷属と言われるエルフが多く住む地域だということ。エルフの存在を理由に神の存在も信じる人が多い。そして、エリック教の総本部、世界各地にある神殿を統括する本神殿があるからだ。

 そんなエリック教に染まったマルンダが俺の初めての遠征先だ。


 移動に1日以上かかる場所へ遠征に行く場合。そこまでの交通費が十分にあることを証明する必要がある。僕はそのためにずっと前から目をつけながらも、この依頼を受けることができなかった。半年近く小さい依頼を受け続け、ようやくありつけた仕事だ。

 なんとしてでも依頼人に気に入ってもらおう。 


 そう意気込んでマルンダに足を踏み入れたものの、目的地に着く前から怖じ気づいてしまった。入った瞬間からその雰囲気に飲まれそうになる。バカみたいに不気味な国だ。

 誰も彼もがエリック様一筋。馬車に乗ればエリック様の加護があらんことを。モノを買えばエリック様のお導きに感謝します。信仰する宗教がない俺には異様な光景だ。

 そんな国の中心に立つ大きな建物が今回の俺の目的地、本神殿だ。

 入り口で身分証として冒険者証と依頼受領証を見せるとすんなり中へ入れた。そして俺の来訪を知っていたかのように、当たり前の雰囲気で案内される。底の知れない国だ。

「メリルバーグ様、冒険者の方がいらっしゃいました。」

 扉を叩いてそう声を掛けると、奥から声が返ってくる。案内役より3歩ほど後ろにいる俺にはその詳細は聞こえない。

「失礼します。」

 どうやら入室の許可がもらえたようで、案内役によって扉が開かれる。学校で習った礼儀作法を意識しながら入室し、部屋の持ち主と向かい合う。案内役は扉を閉め、役目終了とばかりに去ってしまった。

「お待ちしておりました。ミオル様。」

 今回の俺の依頼主、この神殿の神殿長にしてマルンダ国王であるその人は、にこやかに俺を歓迎した。


「それでは単刀直入に言いましょう。」

 書類を仕上げていた彼は、来客用の対面ソファーに移動する。

 俺と同じか少しだけ年上の若きリーダーは、作り笑顔を貼り付けて話し始める。国民が国民なら、国王も国王だ。

「ご存じでしょうが始めに自己紹介を。私はこの国の王をしておりますメリルバーグです。どうぞリルとお呼びください。」

 冗談かも分からないそんな言葉に、俺はさらに怖くなる。俺はこれからこの人の元で働かないといけないのか。

「あなたの名前は存じております。よろしくお願いします。」

 依頼者には俺の情報が届いているらしいが、初めて会った人が俺の名前を知っているというのは不思議な感覚だ。

「とはいえ、私はあくまで仮の国王です。私の代で1人2役の時代は終わるでしょう。いや、終わらせます。」

 と、相変わらずのにこやかな顔で言う。マルンダ国民が聞けばすぐさま即倒しそうなそんな発言だ。耳を塞ぎたい衝動を、必死で押さえる。

「意外と驚かないんですね。」

 やっとにこやか以外の表情が顔に写る。拗ねているような、なんとも残念そうな顔だ。

「そりゃ、依頼書に書いてあったので。」

 とは言ってもやっぱり不安になる。覚悟はしていたが、この国の現状を目の当たりにしたらリスクの大きさを実感した。

 今回俺が受けた依頼はこの国の将来に関わる内容、下手をすれば俺の命が危険にさらされるかも知れない内容、けれど成功したら返ってくるものも大きい依頼だ。

「この部屋には私たちしかいないので、タメ語でも首が飛ぶことはありません、ご心配なく。この喋り方は私の癖なので気にしないでください。」

 そう言われて始めて、敬語を忘れていたことに気付く。

「では、依頼の詳細を、依頼書に書けていなかった詳細をお話しします。」

 俺は居住まいを正す。単刀直入に、と言った割りに本題までの話が長い。

「あなたには次期国王候補を探していただきたい。」

 少し声を落としてリルはゆっくりとそう口に出す。これは依頼書に書かれていた内容だ。エリック教徒にだけ見えないように細工のかけられた依頼書。始めてそれを目にしたときの衝撃は今でも覚えている。

「その期間、孤児院で働きながら国中を見て回ってください。候補者を見つけるために掛かる期間は1年でも2年でも構いません。この国にふさわしい人を見つけてください。」

 覚悟していたが、実際に依頼主から聞くと緊張感が違う。誰も依頼に手を出したがらない訳だ。

 親父の言葉を思い出す。家では依頼内容を伝えることがルールだった。依頼書に口外厳禁とは示されていなかったが、内容が内容だけに両親以外の人にまで伝えることはしなかった。

 マルンダは大革命後最初に国として復旧した地域だ。まだ、住民の生活すらもままならない地域が多い中、元々政治とは無関係だった本神殿を国の中枢にすることで、無理矢理国を復興させたのだ。そんな訳で、元のように分担した方がよいという『保守派』と、宗教国マルンダを率いるのはエリック教のトップであるべきだという『改革派』とで軋轢が出来ている。朝食の時、またマルンダで襲撃があったらしい、と親父は新聞を読みながら言っていた。

 この依頼は自分をその火中に置く危険な内容だ。

「もちろん、あなたの身の危険は十分承知しています。故に孤児院で働きながらこっそりと、あくまで観光の(てい)で国民を見定めてください。」

 今ここに立って改めて自分の考えの浅さを思い知る。この依頼を受けたときはそれなりに覚悟を決めていたが、その気持ちも次第に薄れていた。自分の命と、この国の命運が掛かっている依頼。手を抜くことは許されない。

「冒険者である俺に、そんな大役を任せてもいいのか。」

 話題を変えるつもりはなかったが、ついその疑問が口をつく。ずっと気になっていたことだ。リルを支えてきた人たちはたくさんいるだろう。わざわざ情報が漏れるかもしれない危険を冒す必要はない。

「まぁ、確かにそうですね。ですが、この国の国民は私を、神殿長を立てるばかりであまり公平なものの見方が出来ないのです。かくいう私も似たようなものですが。」

 それが宗教の怖いところです。と嘆息気味に答える。

 宗教にとらわれず、というのは難しい。一度宗教と触れれば、それがどんな宗教でも少なからず影響を受けるだろう。だからマルンダ国内で公平を求めることは難しい、と言いたいのだろう。

 だが、マルンダ国の繁栄にエリック教が必要不可欠なのも事実だ。それでもあえて選択するからには、それなりの理由があるはずだ。俺には考えも及ばないような。

 ならばその希望に応えるのが従うのが、俺の仕事だ。

「それに、私の元にはあなたのこれまでの功績などが届いています。信頼できない者であればいつでもこちらから断ることは可能ですし。」

 俺が依頼を受けてから1週間が経っている。その間、依頼破棄の連絡はなかった。それはつまり俺が、書類上は信頼に足る者だと判断されたということだ。

「分かった。その依頼受け立つ。この国にふさわしい奴を見つけてやる。」

「えぇ、よろしくお願いします。」

 俺の砕けた口調も咎めず、リルは変わらずにこやかに笑う。

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