5冊目<無垢なる閃光>
「寄りにも寄って『〝存在しないモノ〟の群団』だなんて……」
「……」
一旦宿に戻り部屋で情報を整理している間、コトノはずっと考えているかのように終始無言。
〝存在しないモノ〟
その名の通りこの世界に存在しないモノ達の群団。
今まで起きた災害の中でも最も被害を出した大災害。
備えは国や街があらかじめしているがそれでも少なくない被害が出るのが大災害。
私達もこの街にいる以上、群団に対抗するべく参戦する予定だ。
「ケイト、聞いて欲しいの」
帰還する直前と同じ瞳で私を見つめるがどこか迷いで揺れている。
「もうすぐ、〝存在しないモノ〟が来る。
けど、ケイトはこのままここに居て」
「な、なんで?!」
長い間どんな困難も一緒に乗り越えてきたコトノからの一言に衝撃を受ける。
私達の力なら多少でも被害を抑える力になるはずなのにコトノは参戦して欲しくない、そんな言葉に捉えてしまった。
そしてコトノが指さすのは私の鞄。
「その日記帳、まだきちんと調べてないでしょ。
それを今すぐ取り掛かって欲しいの、それも出来るだけ早く」
今更、日記帳を悠長に調べる。そんな時ではないのはコトノも分かっているはず。
でもそれを急かす様に求めてくる。
「それまで私がなんとか持たせるから。
ケイト、『レガード』出してくれる?」
言われるがままにレガードを取り出すとコトノ震える手で受け取り直ぐに遺物を起動させる。
「『デュ・テイロ』」
展開する残り4枚の札の中から2枚を素早く選ぶコトノ。
絵柄は『勇敢』そして『守護』
「これで、少しは時間が稼げるかなぁ……。ケイトお願いね?」
いつもの口調に戻るコトノ。
聞きたいことはたくさんあるが私が言えるのはただ一言。
「任せて!」
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「とは言われたけど……」
部屋に残された私は日記帳を開いて頭を抱えていた。
今回の探索前に実施した『復元』以降日記帳を開いていなかったからだ。
「悔いても仕様がない。今は解読しないと……」
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――白銀の閃光は群団を貫き、焼き払う。
同時に実りの大地を命の芽吹かぬ荒地に変えた。
目先の勝利に人は私を称えたが《刻》とき|が経つにつれて
民達は飢え、私に怒りの矛先を向けるようになった。
この術式は封印する。
二度とこの悲劇を起こさない為に――
〝ブランカ・フルモ〟
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〝偉大なる法術使い〟は今では偉大なる事を成し遂げた者として評価されているが当時、それも大災害直後は随分と違うようだ。
しかし、今必要なのはその時代の考察ではない。
「だけど追記されてるのはこれだけ……うん?」
追記された部分の続きに物凄く小さな字が書かれているような気がする。
「なにこれ、小さすぎて見えないけど文字??
むむむ……だめだ見えない。
なら……『《望遠》テルフォート|』」
本来は遠くを見る法術だが小さい文字を見ることも出来るかもしれないと思い咄嗟に法術を発現させると何とか文字が見えた。
――しかし、どうしてもこの術が必要なら『看破』するといい
一度だけ使える術式をここに残しておく――
言葉が少なすぎて意味がわからないが問題はどうやってその『看破』をするかどうかだ。
知っている『看破』の術式はごく最近開発されたものだからたぶん違うとは思う。
だが試すだけ試そう。
「『《看破》トラヴィディ|』」
日記帳に『看破』を掛けてみたが何も変化しない。
ふと、コトノが残していった『レガード』が目に入る。
「『レイト』」
残り2枚となった札から1枚を選ぶと絵柄は大きく見開いた目。
「『真実』……?」
札が光り、弾けると日記帳に新たな頁が追加された。
「まさかこれが『白銀の槍』……」
確かにこの術式があればいまコトノ達が抑えている〝存在しないモノ〟は退けることは出来る。
そして同時に起こりえる悲劇も再現することになる事を私は《知っている》・・・・・|。
「悩んでいる場合じゃない、今はコトノが――街のみんなが戦っているんだ」
日記帳を鞄に仕舞い部屋を駆けだし、コトノ達のいるであろう戦場へ走り出す。
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「あ、ケイトぉ」
戦場の最前線とは思えない声で私を呼ぶのは前線で戦っていたはずのコトノだった。
「今は交代して休憩しているところぉ」
串焼き肉を食べながら戦況がどうなっているか軽く説明を受けた。
コトノは『レガード』の加護を受けた状態で一時的に数百人分の活躍をしていたらしいが流石に数の力に1人で対抗しきることは難しく加護も切れかかっていた。
状況を見ていた指揮官によってなんとか前線から後方に下がり休息している状態らしい。
「コトノ、その指揮官の人と話すこと出来る?」
「うーん、たぶん?」
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「やけにあっさり通ったね」
「そうだねぇ」
これはコトノが事前に何か話ていた可能性があるかな。
でも機会は一度だけ、使えるのも一度限り。
状況を鑑みて実行する時を知らせてくれるらしい。
それまで私達は待機することになったが意外にも私達の出番は直ぐそこまで迫っていた。
「ケイト」
コトノが私の震えている手を優しく包み込む。
「絶対に、『私が貴女も、貴女からも、何もかも守るから』」
いつか聞いた事がある言葉が、2つ重なって聞こえたような気が――
気が付くと、手の震えは収まっていた。
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「ケイト、いつでも良いよ!」
城壁の高台から見下ろす先には迫りくる〝存在しないモノ〟の群団。
でも、今は退ける力がある。
守ってくれると言ったコトノが居る。
目を閉じてゆっくりと息を吸い込みゆっくりと吐く。
集中力の高まった私は日記帳から5枚の頁を破り取り――
且つて〝偉大なる法術使い〟となった術式をなぞり構築していく。
「『憂いたるは原初の火』」
1枚目が燃え上がり陣の1つを形成。
「『至る道を示すは白の光』」
2小節目を詠唱すると同じように新たな陣を形成していく。
「『備える事能わず 畜える事能わず
威を示す浄化の炎よ』」
3、4小節目の詠唱で陣が形成されたとたん私は全身から力が抜けるような急激な脱力感に襲われる。
最後の1小節を詠唱せず集中を切らせばこの術式自体が暴発して街を消し飛ばしかねない。
全身の力をふり絞り最後の1小節を詠唱する。
「『無垢なる閃光と成りて解き放たん』!!」
全身の血液が暴れ狂う感覚に耐えながら最後の陣を完成させる。
「白銀の槍!!」
―――『絶対に守るから』―――
解き放たれた無垢な光は〝存在しないモノ〟を跡形もなく消し去り―――
同時に力尽きた私も意識を手放した。