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第八話 祈り通じて

このチャンスを逃すわけには行かない。ロジャースというこの看守の洗脳をどうにかして解く必要がある。


 先ず、彼の事をよく観察するんだ。


「そら、着いたぞ。30分間以内に済ませろ」


「ありがとうございます」


 ロジャースは、あろうことか長椅子に座る俺の後ろに立った。俺の横に座らせるにはどうしたらいい?失敗する不安は大いにあるけれど、ここで逃げるなよ、俺。




「神父様は居ますか?」


「こんなとこには居ない」


「そうですか。なら、あなたに懺悔をしてもいいですか?」


「ならん。黙って祈っておけ」




  ぶっきらぼうだが少しだけ他の看守より怒っている感じが無い。言葉のバリエーションも多い気がする。




「そうですか。ではこれから話すことは独り言です。どうかお気になさらず」


 ロジャースは黙っている。禁止されないのなら話させてもらおう。


「私、太刀山一志は罪を犯してここに居るのではありません」


「皆そう言う」


「あれっ、独り言のつもりでしたが」


「ちっ、貴様が戯言を言うからだ。もう口は開かん」


「では、続きを」


 やはりこの看守、自我が他の者より強い。俺はこの男の自我を揺すり起こさなければならない。


 彼の状況を想像しよう。仕事柄から考えるに、ルールに忠実なタイプ。権威に従い、協調性を持っている。そんな人間がどうして監獄に?


 ありそうな理由は、ルールを守ったからこそ政府側の不正に気付いた、とかが無難かな。取りあえずそういう過去を持っていると仮定しよう。




「私はある高貴な身分の女性にハメられたのです。彼女はスキルで私の怒りの感情を操作し、それを自身に向けさせた。気付けば私は彼女に馬乗りになり拳を振り上げていました」


 反応はこれと言って無し。


「あれよあれよという間に、高貴な女性に無理矢理乱暴しようと企んだ暴漢のレッテルを貼られました。そしてここに送り込まれたのです」


「……」


「私には帰る家がありません。家族が居ればなおさら悔しかったでしょう。ロジャースさんには帰る家はありますか?」


「黙れ!」


 背もたれを蹴飛ばされた。


「国に仕える立派な仕事をされている看守さんなら、家庭は持っていそうだけどなぁ」


「貴様、それ以上喋ったら…」


「そういえば、看守さんはいつからここに勤めてるんです?お嫁さんの名前は?最近家に帰りました?」




「あ…俺は、ジェシカの、あれ?俺は、頭が痛い…頭が……」




 背後から彼が膝から崩れ落ちた音がした。もう一押しだ。


「私は私の話をしました。ロジャースさん、次はあなたの話が聞きたい。あなたは何に失望しましたか?何に怒りましたか?どうしてここにいるんですか?」


「ああ、やめてくれっ!頭がイカれそうだっ!」




「お子さんは、居ますか?」


「ラッセル……俺の一人息子」




 彼の荒い呼吸音と虫の音だけが聞こえる。しばらく窓の外の月を眺めていると、不意にロジャースが立ち上がった。




「囚人番号1969、祈りは終わったか?」


「ま、取りあえずは……」


「そうか、立て。第一棟にお前を返す」


 俺は大人しく立ち上がった。ロジャースは俺の後ろから何処をどう進めばいいか指図し、俺はそれに従った。




 運動場の真ん中で、彼は口を開いた。


「お前は何者だ、1969」


「それはまぁ、もっとお互い親しくなってからで」


「ぬかせ。俺は嫁と息子の名前まで喋ったんだ。不公平だろ」


「囚人ですよ、俺は」




「此処じゃない何処かからやってきた、復讐に燃える囚人です」




「俺は騎士だった。いらないことを知ってしまって、それを告発しようとした。そしてこのことを今の今まで忘れてやがった馬鹿野郎さ」




「タチヤマ・カズシよ、また祈りにやってこい。怪しまれん程度にな」


「ありがとうございます。祈ったかいがありましたよ」




 第一棟の前で振り向いて彼を計測した。状態、健常。


 脱獄への大きな一歩が踏み出された。



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