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ショートショート通信  作者: 小林小話
7/9

確認済飛行物体

「UFOを見たってホント?」

 喫茶店に座るお姉さんの対面の席にすっ飛んでいき、ぼくは叫んだ。周りのお客さんがびっくりして振り返る。

 お姉さんはぼくの叫びも、周りの視線も気にしない。眉一つ動かさず、口元のコーヒーカップをゆっくりとソーサーに下ろす。

「ついに来ちゃったか」

「ぼくだけ仲間外れにしようとしたんだ」

 お姉さんはそれには答えないまま、店員さんにぼくの分のメロンクリームソーダを注文してくれる。メロンクリームソーダはぼくの大好物なのだ。

 ぼくとお姉さんは宇宙友だちだ。図書館で宇宙関係の本を借りて、この喫茶店で宇宙を研究することが、五年生の夏休み中のぼくの日課だ。そのうちに、このお店によく来るお姉さんと友達になった。お姉さんも宇宙のことをまあまあ知っていて、一緒におしゃべりするのは楽しかった。

 でも、どうやらお姉さんはUFOを見たのに、宇宙友だちのぼくに黙っていたようだ。

 なんてことだ!

 友だちだと思っていたのに!

「少年、まず私は、UFOを見ていない」

「ウソだ!」

「そもそも、そんな話どこで聞いてきたのよ」

「近所のお兄ちゃんが教えてくれたよ、お姉さんがUFO見たらしいぞ、って」

 お姉さんはため息一つ。

「そもそも、UFOってなんの略か知ってる?」

「未確認飛行物体」

「さすが、宇宙博士」

「そんなの一年生でも知ってるよ」

 お姉さんが言葉通り褒めているんじゃないことぐらい、ぼくにも分かった。

「UFOは未確認飛行物体でしょ? だから、UFOを見たらそれはUFOじゃないのよ」

 突然、意味不明なことを言い出した。

「どういうこと?」

「未確認な、飛行している物体が、UFO。確認しちゃったら、それはもう未確認じゃないじゃない。つまり、UFOじゃない。そうでしょ?」

「ううん、そうかなあ」

 お姉さんの説明に、ぼくはいまいち納得がいかない。

 ここで、店員さんがメロンクリームソーダを持ってきてくれた。ジュースに溶けてしまわないうちに、アイスクリームを一口食べる。冷たさと甘さを同時に身体に入れながら、お姉さんの言ったことを心の中で繰り返す。

 その結果出た答えは、

「お姉さんは、僕をごまかそうとしている」

「否定はしない」

「やっぱり!」

 お姉さんに詰め寄ろうと身を乗り出したとき、思ったより強く机を叩いてしまったみたいだ。ばん、と大きな音が出てしまった。恥ずかしくなって座りなおして、ごまかすためにソーダを一口飲む。

 うん、おいしい。

「私はね、君を巻き込みたくなかったんだよ」

「僕は巻き込まれたいんだけど」

「そういうと思ったよ」

 お姉さんは残っていたコーヒーをぐいと飲み干して、席を立つ。置いて行かれるのかと思って、ぼくも慌てて席を立とうとする。そのおでこを指先で押さえられた。こうされると立てなくなるのは、この前ぼくがお姉さんに教えてあげた裏ワザだ。

「置いて行ったりしないから、ちょっと待ってて。そっちも飲み終わったら店出ようか。現場へ連れて行ってあげよう」

「じゃあ、お姉さんはどこへ?」

 お姉さんは指をおでこから少しだけ離す。そして、そのままデコピンを繰り出してきた。力は入っていなくて、全然痛くない。

「少年、一つ覚えておくように。女性がわけも言わず席を立つ時は、理由は聞かないこと」

 お姉さんはトイレへ向かって歩いていった。背中越しに、焦らなくても、宇宙人も争うつもりはないって言ってたよ、と言い残して去っていく。

 見るどころか、喋ってんじゃん!

 ぼくは急いでソーダを飲み干そうとするけど、急な炭酸にのどがびっくりして、ごほごほとせき込んでしまった。店員さんがおしぼりを持ってきてくれる。



 ぼくたちは喫茶店を出て、お姉さんがUFOを見たという場所まで連れてきてもらった。ぼくは道中で宇宙人との話をねだったけど、お姉さんは現場についてから、と教えてくれなかった。今日のお姉さんは、けっこうケチだ。

 現場は、マンションとマンションの間の裏路地だった。暗くて、じめじめして、人通りが少ない。

「ちょうどここで見たんだよ、時間はもっと遅かったけどね」

 つい空を見上げた。建物に区切られた狭い空に雲が流れている。だけだった。

「UFOってどんな形だったの?」

「だからUFOじゃないって」

 もう、めんどうくさいなあ、と口に出すと余計にめんどうくさい気がして、口に出す代わりにこっそり地団太を踏む。

「じゃあ、UFOじゃないお姉さんが見たやつって、どんな形だったの?」

「よく見る典型的な円盤型のUFOの形。やっぱりあれって、昔も誰か見たことがあったんでしょうね。イメージ通りだった」

「やっぱりUFOじゃん!」

「だから、UFOじゃ、ないって」

 今度は、つい三度も地団太を踏んでしまう。こっそりするのも忘れてしまった。

「宇宙人とも話したんでしょ?」

「そうだねえ、UFOじゃないやつを見た途端、パっと光ったかと思うと、宇宙人に囲まれててね」

「連れ去られたってこと?」

「多分ね。で、宇宙人からお願いされたのよ。『争うつもりはない。今バレると騒ぎになるから黙っていてほしい』って」

「バラしちゃってるじゃん!」

「なによ、君の方が話してって言ったんでしょうが」

「いや、でもさ、約束を破るのはダメだと思うよ」

「君は正しいね」

 そう言って、お姉さんはこの日何度目かのため息をつく。

 宇宙人の話に興奮して今まで気づかなかったが、お姉さんは元気がなさそうだった。壁にもたれて、ぼんやり考え事をしているみたいに、どこか遠くを見ている。

 宇宙人に会ったなんで、宇宙好きなら大興奮して当たり前なのに。

 ぼくたちは宇宙友だちだったはずなのに。

「でも、先に約束を破ったのはあっちの方だから」

「あっちって?」

「宇宙人のほう」

「宇宙人が? 約束を?」

 さっきの話だったら、宇宙人は悪い人ではなさそうだけど。

「私も約束を守って誰にも言わなかったんだけどね。少年、君は何で私が見たって知ったんだっけ?」

「それは、お兄ちゃんに教えてもらって」

「私は話してないのに、なんでその人は知ってるのよ。こんなところ誰も通らないし、もし見てたとしても、何を見てたかなんてわかるわけないのに」

 そう言われれば、確かにそうだ。

 ぼくは目を伏せて考え込む。そうだとすると、お兄さんはどうしてお姉さんがUFOじゃないものを見たって知ったんだろう。お姉さんが言ったんじゃないとすれば、本当は見ていないとすれば、残る可能性は宇宙人に教えてもらったことになる。

 じゃあ、どうして宇宙人はお兄さんに教えたんだろう?

 そもそも、あれは本当にいつものお兄さんだろうか?

 そこまで考えて、なんだか気分が悪くなって、「ねえ」とお姉さんを呼ぶ。もしかして、お姉さんもこんなことを考えていたから元気がなかったのかもしれない。

 でも、返事はなかった。さっきまで近くの壁にもたれていたお姉さんはいつの間にかいなくなっていた。ぼくが考え込んでいる間に、先に帰った? まさか?

 ふと、空を見上げた。視界の端に、ちらと黒い影が見える。

 何だろう、と思う間もなく、影だったものはどんどん大きくなって、つまり、ぼくの方に近づいてくる。その姿を見て、ぼくは声にならない叫び声をあげる。

 それは、UFOじゃない。

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