ここは日本のはずである
卒業式翌日の朝早く。僕は今から家を出て一人暮らしをするとはとても思えない軽装かつ荷物で横浜港にいた。具体的に言うと、今僕が持っているのはリュックサックとボディバッグ。普通引っ越すときって、寮だとしても洋服やら布団やら結構荷物は多くなりがちだと思うんだけどさ。「何も準備はいらない」って言われたからね。本当に最低限の私服と下着だけ持ってきて、あとは財布とか文房具とか、そういう細かいものを詰めてきたって感じ。
んで、これから船に乗って瑚翠のある島まで行く予定なんだけど……、船どれ?
いや、僕が場所聞いてなかったとか、そういうんじゃないんだよ。ちゃんと事前に地図まで同封した手紙が来たし、何なら昨日確認の電話まで来た!だから、あんま横浜港なんて来る用事ないのにここまでスムーズに来れたんだし。それで、ちゃんと言われた場所まで来たんだけどさ…。こんなに船が大きいとか、聞いてないじゃんね?!
ちょっと今見ている光景を説明するのに正気じゃキツいから、レポーターっぽく言ってみると———
さあ、地面から視線をゆっくりと上げていくと、なんと……!見えているのは豪華客船です!乗船予定人数1人だというのにこの大きさ。解説の風間さん。どうご覧になりますか?
―そうですね。これは軽く1000人くらいは収容できそうな大きさですね。中にはプールや劇場など、娯楽施設も備えられていると考えられます。
そうですか。いやー、しかし今日この船に乗船するのは風間仁さんただ一人ですよね。別の船でもよかったように思えてしまうのですが、何か意図があるんでしょうか?
―それは私もちょっと…。しかし、瑚翠がわざわざこの船で来たんですから、何かしらの理由があってのことでしょう。
風間さん、ありがとうございました。以上現場から、風間がお伝えしました。
とまあ、こんな感じかな?レポーター僕、解説僕の即席レポートだったけど。ちょっとは分かった?分かんなくてもこの大きさを感じてほしい。本当に、頼むから。
え、場所が合ってるんだったらそんなバカげた芝居なんてやめて、とっとと船に乗ればいいって?
いや、だってさ。僕一人であんなフェリーに近づく度胸ないから。本当、ここだって指示されてなければ背を向けて立ち去りたいくらいには居心地が悪い。どうしようか。一旦ちょっと離れて様子を窺うか…?
「風間仁様でいらっしゃいますか?」
「あわわっ、はい」
うわっ、誰?びっくりしたー。
声がした方を振り返ってみると、黒の燕尾服を着た若い男の人が立っていた。端正な顔立ちをしており、一般的に「美形」と持て囃されるであろう。でもどうしてここにそんな人が?
「私、これから3年間風間様の身の回りのお世話をさせて頂きます、米濵と申します。驚かせてしまったようで申し訳ありません」
「いえ…、僕は風間仁です。米濵さん、よろしくお願いします」
「私のことはお好きなようにお呼びください。……では、参りましょうか」
いや、こんないかにも「仕事できます!」って人をさん付け以外で呼ぶとか無理でしょ。そしてやっぱりあの超デカい船が目的のフェリーなんだね!知ってたけど!
……もしかして、僕が見落としてただけで、他にもたくさん人がいるとか?それで、みんなもう船に乗ってるのに僕だけここでモタモタしてたから米濵さんがここまで来なきゃいけなかったとか?いや、そうだとしたら申し訳なさすぎるって。
「風間様、その様に心配なさる必要はございません。事前にお伝えした様に、本日乗船させるのは風間様のみでございます。勿論、お世話させて頂く者は十分に用意してありますので、ご安心ください」
「あっ、そうなんですか……」
じゃあ、なんでこんな大きい船を用意したんだろう?はっきり言って、もっと小さい船でも良かったと思うし。その方が人も少なくて済むし色々得だと思うんだけど…?
「ここから外海へと出ますので、小型や中型の船では揺れが大きくなってしまいます。移動に時間もかかりますので、風間様に快適な旅をして頂くためにご用意致しました。船内の設備やサービスはどれでも利用できますので、是非お楽しみください」
なるほど?
思わず平仮名返答になっちゃったけど、大分思考がぶっ飛んでるな。なんか、庶民の感覚じゃなくてセレブの感覚って言うか。はっ、もしかして今日から僕もそのセレブの仲間入り…?
「風間様含め、胡翠に進学される方は将来日本を代表されるであろう方々ですから。このような配慮は当然でございます」
この待遇は当然だったのか…!
どれだけ僕期待されてるの?そんなに、いや全然自信ないんだけどさ。平凡中の平凡だし。「将来日本を代表する」とか考えられないよ。
あと、さっきからちょっと気になってることが。
「あのー、米濵さん」
「どうされました?」
「さっきから、僕喋ってなかったと思うんですけど。それなのに、僕の考えてる事に返事してくれたみたいでびっくりしたんです」
「驚かせてしまったようで申し訳ありません。我々はお仕えする方の細かい機敏まで対応する訓練を重ねておりますので。ご安心ください」
「なるほど、そうなんですね」
僕の考えてる事を読み取れる人がここのデフォルトだと。これってそういう意味だよね…?
「左様でございます。風間様に快適な生活を送って頂くことが私の務めですので。何か言われてから対応するのではお待たせしてしまいますから」
おおー。凄い職業意識。いやー、こんな僕とじゃあ米濵さんと釣り合わないかもなー。
「そのような事は断じてございません。寧ろ、私が風間様にご迷惑をお掛けしないよう精進致します。──では、船にご案内しても宜しいでしょうか」
「はい、よろしくお願いします」
「私共には敬語は不要です。……では、こちらになります」
そう言って、米濵さんは僕を船へ先導し始めた。
改めて見ると、本当にデカいな。さっきより近づいたからか、1番上まで見るためにはかなり見上げなきゃいけない。これを僕だけで使うのか。…ってことは、あんな事やこんな事だってできちゃうのか!他の人がいないからこそできる背徳感バッチリの事。絶対にここじゃないと出来ないから、迷惑かけない程度にやってみようかな。
船ではこれから約12時間移動するらしい。今は朝の7時半。だから到着予定は夜の19時30分になる。うん、暇だね。って事で〜!
さあ、色々やってみたかった事やってみよう!
まず、流れるプールで全力で逆流するでしょ。あ、ここって流れるプールありますか?─あるんですね。じゃあできる!それから、流れるプールで浮き輪で流れながらトロピカルな飲み物を飲む「セレブ生活」もやってみたい。あとは、大浴場で大声でカラオケしたり、映画館で全力リアクションしたり。全部できるかな?─できるんですか。分かりました。じゃあ全力で楽しみますか!
そんなこんなで、航海の12時間はあっという間に過ぎていった。その間に、普段できないようなヤンチャをいくつもして、米濵さん達スタッフの人に多大なるご迷惑をかけてしまったことに関しては目を瞑っておいて欲しいかな。いやーとても楽しかった!
そして今、僕は胡翠高校のある島に降り立った訳なんだけど。なんなの!!
「え……、ここって日本ですよね?」
「はい、ここは日本国に属する島でございます。勿論我々も日本国に戸籍を置く者です」
いや、米濵さんに聞かなくても分かってたんだけどさ。でも、レンガ造りの建物の数々に石畳の道、そしてそこで活発に生活しているであろう人達を見ていると、「どこの異世界だよ!」となるのだ。うーん、東〇ディズ〇ーシーのエントランス付近にあるホテルのような建物が並んでるって言えば伝わるかな。まるで中世ヨーロッパのような街並みに、思わず日本であるか確認してしまったのもしょうがないよね。
ここは日本の筈だよね!きっと。景観が思ってたんと違ったとか、世界観が日本本土と大分違うとか関係ないよね。〜〜っ、知ってた!!でもこれは想定外!
そうして、僕はこれから3年間暮らす事になる島【胡翠】に足を踏み入れたのだった。
ありがとうございました!
前回から大分間が空いてしまいました。待っていた皆様ありがとうございます!今日が初めてという人も、是非最後までよろしくお願いします。
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作者のモチベーションが上がります!
次回は 8月24日の20時更新を予定しています!
では。