放課後の場合Ⅱ
海から帰ってきて暫く。時刻は18時30分。そろそろ夕食の時間だ。もちろん部活や予定でこの時間に間に合わない人はいる。まあ、何もない人の夕食時間ってことね。
寮あるあるだと思うんだけど、僕たちも朝晩は食堂でご飯を食べることになっている。ただ、僕たちの場合その規模が大きすぎるんだよね。食堂(仮)自体は寮の1階の共用スペースにあるんだけど、中に入るとテーブルセットがいくつか配置されている。ここを利用する人が8人しかいないのに、明らかにそれ以上の数が用意されているんだよね。パーティーでもやるの?ってくらい。うーん、よく分からない人はホテルのレストランをイメージしてくれればいいかな。まあ、そんなだから本当に食堂って言っていいのか分からなくて(仮)の状態なんだけど。今度、誰かになんて言っているのか聞いてみようかな。
「風間様、そろそろ夕食の時間ですが、本日はどうなさいますか?」
こうやって米濱さんが声をかけてくれたら移動する合図だ。「どうなさいますか?」って聞いてくるのは、一応食堂で食事を摂らずに部屋に持ってきてもらうことも可能だから。でも僕は毎回食堂で食べてるよ。だって一人でご飯って寂しいじゃん。
そして、今日は密かにミッションがある。それは…、
「米濱さん、今日は慧馬を誘いたいんですけど、寄って行っていいですか?」
「…調所様の方は特に問題なさそうです。承知いたしました」
そう、クラスメイトで友人でもある調所慧馬を食堂に連れていくことだ。だってアイツ食堂に「時間の無駄」って言って来ないんだよ。いや、別に食堂に来ないのが悪いんじゃなくて、絶対本、いや今は広辞苑読みながら食べてるし、下手したらお風呂とか睡眠とか削って新しいことを取り込み続けてるのが悪いんだ。決して慧馬とあまり喋れなくてちょっとつまらないなんt……そんなことないから!ああもう、勢いでほとんど言っちゃったじゃん。もう恥ずかしいから、このまま慧馬の部屋に入ってやる。
「お邪魔しまーす。…慧馬、いますか?」
「風間様、調所様でしたらこちらでございます」
慧馬のフロアに入って出迎えてくれたのは梁川さん。僕にとっての米濱さんみたいな人だ。梁川さんが僕を慧馬の所まで案内してくれた。慧馬は……ああやっぱり広辞苑読んでた。
「おーい慧馬!ご飯行こう?」
「ん…あぁなんか五月蠅いと思ったら仁か」
「うるさいって酷くない?!」
「悪い悪い、冗談。で、ご飯?俺は部屋で食べようと思ってたんだけど?」
「えっ、いいじゃんたまには。この前漢和辞典読み終わったし、時間あるだろ?それに昨日籠ってたのは知ってんだからな」
「んー、まあそうだな。流石に俺もこれ読むの疲れてきたし、息抜きがてら」
「やった!じゃあもう時間だから行こう?」
「了解。……梁川さんすみません。やっぱり俺、下で食べるんで。さっきのは無しでお願いできますか」
「畏まりました」
あー、慧馬もう部屋食頼んでたのか。梁川さんに悪いことしちゃったかも。
「その様なことはありませんよ。風間様は気になさる必要はありません」
うーん、それなら良かったけどさ。
4人に増えた御一行は揃って食堂へと向かう。エレベーターで1階へ降りると、そこには珍しく棚方がいた。サッカー部に入って1年生ながらレギュラーを張っているらしい彼がこの時間にここにいるのは奇跡に近い。本当、この時間に会うのめっちゃ久しぶりじゃない?
「確かに久しぶりかも。雨降ってきて濡れたからってのもあるけど、監督が丁度いいからオフにしようって。最近練習しっぱなしだったし。大会近かったからね」
「そっか。大会、再来週だったっけ?」
「そうそう。ここで勝つと全国につながるやつだからね。俺たちはどうしても前日に入んなきゃだし。練習時間は限られてるから」
「そう言えば蹴斗、この前言われたアレ、どうだった?」
「調所、あの時はありがとな。アレは――」
なんて3人で話しながら食堂の席につくと、待たないうちに夕食が運ばれてきた。お、今日は和風みたいだ。白ご飯に味噌汁。白身魚のお造りに里芋と人参、こんにゃくの煮物、そして茶碗蒸しという献立になっている。あ、案外ご飯は庶民的だって思った?なんか「寮の食事は肩ひじを張らないものを」っていう信念があるらしくて、それでなのか知らないけど、明らかに高級そうなフレンチとか懐石料理とかは出てこないよ。学校の特別授業で「テーブルマナー」っていうのがあるから、そういう料理はそこで食べるっていうのもあるけどね。これはどのクラスも共通の授業だよ。
でも、だからと言って油断しちゃいけないのが瑚翠クオリティ。この前同じように白身の刺身が出てきたときに気になって米濱さんに聞いてみたんだ。「この魚って何ですか?」って。そうしたら、わざわざ厨房まで確認しに行ってくれて「本日はキジハタが手に入ったために刺身にしたと申しておりました。濃厚な旨味が特徴となっております。また、味噌汁の出汁にも使わせていただきました」って返ってきた。後から調べたらキジハタって夏の河豚とも呼ばれる高級魚で1Kgあたり8,000~10,000円もするらしい。知らない間に高級なものを食べさせようとする感じ、絶対確信犯だよね。今日も後から聞いてみるけど、絶対にスーパーで簡単に買えるような魚じゃないことは間違いない。
「「「いただきます」」」
3人で挨拶をして食べ始める。…うわあ、今日も美味しい。
「だな。…お、この出汁朝と違うよな」
「調所…、お前よく分かるな!」
「え、だって味違うだろ?」
「いや、慧馬?僕も棚方も味の違いがよく分かるなって言ってるんだよ。ねえ?」
「うん、仁のいう通りだよ。俺たち、そこが聞きたかったんだけど」
「味の違いが分かるのは当たり前だろう?」
そう来ると思った~~!
「だって朝食べたものくらいは夕方まで味覚えてるからな」
なるほどね。記憶力がいい慧馬らしいかも。でもさ、
「いくら慧馬でも味は忘れるんだね」
「は、仁は俺のことを買いかぶりすぎだ。それに食材なんて時間の変化と共に味も変わるんだぞ。昨日と今日では全然違うと思え」
「はいはい」
「――それに味くらい忘れてもらわないと俺が困る」
「…慧馬、なんか言った?」
「いや、なんでもない」
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時間は流れて―――
「で、なんで風呂まで一緒に入らないといけないわけ?俺、部屋のシャワーでいいんだけど」
「いいでしょ調所。いつも俺が帰ってくるの遅いから風呂一人だし。そうすると大浴場はいいかなーって思っちゃうからさ」
「仁と2人で行けばよかったのに」
「2人より3人の方が楽しいだろ?」
棚方のいう通り!ということで、
「慧馬、諦めて風呂行こうよ」
「はあー-、しょうがないな。今日だけだからな。覚えとけよ仁、蹴斗」
「はーい」
「さんきゅ」
でも知ってるからね。慧馬がこの手のお願いに結構付き合ってくれるってこと。
さて、今まで散々瑚翠の自慢をしてきたような気がするけど、お風呂でもさせてもらおうかな。嫌になってきた人ごめんね、もうちょっとだから許してほしい。
さっき棚方と慧馬が言ってたから、気づいた人もいたかもしれないけど、この寮の中には入浴施設がいくつかある。まず、自分のフロアにあるシャワールーム。名前こそシャワールームだから、ここに来たばかりのころは「シャワーヘッドだけでプールサイドにあるのみたいのかな?」とか思ってたら全然違った。うん、あれは普通のお風呂です。多分みんなの家にある普通のバスタブ付きお風呂を想像してもらえればそれで間違ってないと思うよ。もちろんトイレとお風呂も別だからね。ここ高ポイントだよ。これが各フロアに1か所ずつ、だから全部で8か所あるのかな。
それと、今から僕らが行く大浴場がある。大浴場は僕らだけじゃなくて2・3年の先輩たちも一緒に使うところだ。1階の裏口を出ると表とは趣の違う純和風の庭園が広がっていて、飛び石をたどって進んでいくと一棟の平屋の日本家屋が見えてくる。これが大浴場だ。うん、確かに棚方みたいに遅く帰ってくる奴らはちょっと面倒くさいって思うかも。引き戸をガラガラと開けると、目の前には囲炉裏があって、まわりに畳が敷かれている。今は寒く無い季節だから何もないけど、冬になると囲炉裏に火がつくんだって。そこを抜けて奥にあるのが大浴場だ。男子の寮だから男湯しかないんだけど、そこは雰囲気なのかな、『男湯』って書いてある青い暖簾をくぐって引き戸を開けるとそこは脱衣所。一昔前のように、ロッカーじゃなくて棚の中に籠が置かれていて、そこに脱いだ服を入れるようになっている。まあ、説明しなくても皆分かるよね。
洋服を脱いで、入ってきたところとは違う扉を開けると、そこは湯けむり漂う“温泉”だ。
整然と積まれた木桶に浴槽から溢れ出る湯。誰が何と言おうとそこは温泉である。
「ふぁー、気持ちいい」
と、俺。
「だねー、俺久しぶりに入ったけどやっぱ良いわ、ここ」
と、棚方。
「今日は他に人もいないしね」
と、慧馬。
三者三様、それぞれの感想を述べてゆっくりとお湯を堪能した。
「いい湯だったな」
「そうだね。僕ももっと入りに来ようっと」
「俺も部活ある時でも入りに来ようかな。部屋の風呂より疲れが取れる気がするし…?」
「俺はたまにでいいかな」
「慧馬はもっと来ようよ。折角なんだからさ」
「まあ、誘われたら行くけどさ」
「その言葉、覚えとくからな!」
「俺はバカじゃないから覚えてるさ」
「なんだと~~!!」
お風呂から出ても騒がしく、僕らの一日はこのように過ぎていく。
じゃ、おやすみ。また明日~。
ありがとうございました!
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次回は7月27日の20時更新を予定しています!
では。