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四話

 それはどちらかと言えば弱い怪獣だった。

 五十メートルを超える巨人である点や宮崎と鹿児島の県境で出現した点から南九州に伝わる巨人伝説「弥五郎どん」になぞらえて「弥五郎」と名付けられたその怪獣はその体躯以外にこれといって強みの無い怪獣とみられていた。

 弥五郎は出現地点から半径百五十キロメートルの範囲内で最も人口が密集している都市に向かい破壊活動を行うという怪獣の謂わば生態のようなものに従って、熊本へと歩みを進めていた。

 出動した都城駐屯地、国分駐屯地の各部隊はほどんど足止めもできないまま壊滅。

 はっきり言って誤算だった。派遣された部隊が瞬く間に壊滅したこともそうだが、怪獣に対する先入観から生まれたもっと重大な過失。

 そう、弥五郎は辺りの岩石を掴み上げると、麓に陣取る自衛隊に向かって投げたのだ。

 跡には榴弾の如く頭上から降りしきる岩の破片に貫かれた屍と巨岩によって押しつぶされた戦車だけが残った。

 これは初の人型怪獣の出現例が弥五郎だったことも大きいが、怪獣というのは超科学的な特性を持つ個体と何ら特性を持たない個体に二分され、後者は腕や尾を振り回し、高層ビルには体当たりで街を破壊するものが専らだったことによる先入観から生じた失態だった。

 あの時、俺と親父はそこにいた。親父は岩の破片に貫かれて即死。俺は地面に伏せて硬い雨が止むのを待つことしか出来なかった。

 弥五郎が投擲準備に入ったあの時に父を押し倒していれば助けられた筈だ。いや、その前に二人で弥五郎を仕留めることができたかもしれない。

 あの現場で、前線で、無特性の怪獣は比較的労せず駆除可能だったからという経験則が油断を産んでいたことは否定できない。

 実際あの現場で油断せず職務に当たっていたのは、親父と一人の自走りゅう弾砲車長を置いて他になかったのだから。

 その車長は即座に砲撃するべきだと進言したが、連隊長はデータを取る必要があるといって取り合わなかった。

 親父もすぐさま封印させてほしいと言っていたが同様の理由でひとまず様子を見るということになってしまった。

 油断と誤算に満ちていた戦場は屈強な自衛隊員を俺と数名を除き屍へと変えた。よりによって親父とあの車長すらも。


 「あの時の戦訓は今に生かされているじゃないか」


 ミヤタの兄が彼女の前でどのような存在だったかは知らないが、油断に満ちた戦場でお前の兄もその例外ではなかったろうに。


 「あなたなんかが生き残ってどうして兄が死んだんです」


 俺が恨めしいのか。俺も自分が恨めしい。

 あれ以来酒の量が増えた。

 怪獣駆除は人が死ぬ。特に走査技官はすぐ死ぬ。半年も勤め上げれば昇進するし、昇進したらしたで逃げる様に転属を申し出る。

 だから俺は前線に出張る人、特に走査技官とは距離を置いて接することにしている。

 恨みを持つ者は強い。とりあえず逃げだすことはないだろう。危うくはあるが初陣なら上出来だ。


 「お前が走査技官に選ばれた理由が分かった気がするよ」


 そういうと彼女は押し黙って俺をにらみつける。

 対象が怪獣だけでなく俺自身にも向きつつあることが気がかりではあるが、あいにく嫌われ役にはもう慣れてしまっていた。

 

 ヘリが一時間ほど山中を飛んだ頃、遠くにぴょんぴょんと飛び跳ねるぼんぼりが見えた。一本踏鞴に違いない。

 最低でも三百メートルの距離を垂直に飛ぶこの怪獣を追い越してヘリは紀の川市街まで進む。


 「そろそろ降りる。地面に近づいてくれ」


 指示してやるとパイロットは高度を下げた。

 高度計が十メートルを指す。


 「先に行く。目的地に着いたら通信しろ」


 そうミヤタに言ってから俺はドアを開け、飛び降りた。


 五点着地と呼ばれる、着地の衝撃を足、脛の外側、尻、背中、肩に分散させる方法で着地する。

 さらに浄衣がクッションの様な役割を果たしてくれるのでほとんど痛くないと言っても過言ではない。

 狩衣にはコーティングが施されており埃がついてカモフラージュに支障が出ることはない。


 状況を整理しよう。

 ヘリから飛び降りる直前の目測が正しければ一本踏鞴までの距離は約五キロ。出現から凡そ二時間半で紀の川市に迫っており、それは直線距離にして三十キロ程度だが、怪獣の歩みというのは大まかな方向以外は結構適当な物で今回もかなり蛇行していることは容易に推測できた。怪獣自体の速度はもっと早い。

 時速二百五十キロメートルで巡航しているヘリコプターにはやすやすと追い抜かれたにせよ見た感じ時速八十キロは下らないと思われる。

 猶予は三分。俺は怪獣を適切な位置に引き付けるため狩衣をビーコンモードに設定した。

 ビーコンモードとは狩衣のカモフラージュ機能を応用して怪獣の目に留まりやすい模様(パターン)を表示することで視覚を惹きつけ、加えて怪獣の受容体に感知されやすい電波をばらまく事で躯体を走査しやすい位置に誘導する機能の事だ。


 「観測地点に着きました」


 ミヤタからの通信だ。


 「了解。現場の用意が出来次第走査地点に合図」


 俺の通信が終わると共に背後からしゅう、という音とともに目印となる発煙弾が立ち上った。


 陰陽師は基本的に封印しかできない存在だ。それも無条件で封印可能というわけではなく、対象の姿形を正確かつ感覚的に把握しておく必要がある。

 しかし相手は最低でも五十メートル前後の体躯を持つ存在、人間の空間把握の範疇を大きく超えている。

 そこで活躍するのが走査機だ。

 走査機によって正確に読み取られた姿形はアンテナを通じて陰陽師の脳に直接送信、感覚的に怪獣を把握できる様になる。

 一般の部隊は怪獣を怯ませ陰陽師と走査技官の援護を担う。

 怪獣駆除は決して一人で出来ることではない。


 「走査地点把握。これより――」


 急行する、と言い切る前に感じた地鳴り。

 地面の揺れは増していくばかり。音はどんどん近づいてくる。地鳴りの主人は唯一つ。


 「一本踏鞴のお出ましだ。ミヤタ准尉、心してかかれよ」


 何せ彼女は初めて駆除を行う。上官として気遣ってやらねばなるまい。


 「あなたに言われなくても分かっています」


 そんな気遣いは無下に切り捨てられた。他の隊員も聞いてるんだから嫌悪を口にしないで欲しい。士気が下がる。

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