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二話

 アパートの外に出ると既に車が待機しており、そのまま乗り込んだ。


 大抵こういう時の運転手にはヒラの若い男が就くことになっている。三十代の俺とは立場や世代が異なる。そうなると当然気まずくなるのが道理だろう。

 そのため出勤中はいつも寝ることにしている。

 仕事先の門が近づくころになると「起きてください」と運転手から促される。二人は警衛に身分証を見せ、車は敷地の中を進む。

 車窓から見える面白みのない、画一的な兵舎はもう二十二世紀に入ったというのに百数十年前の物から全く変わらない姿を見せる。文化財として保護して見てはどうだろうか。

 迷彩服を着た男たちがちらほらと見える。怪獣が出現した報が入っているためか彼らの様子はどこかせわしなく独特の緊張感を感じずにはいられない。


 陸上自衛隊習志野駐屯地。ここが俺の仕事先。

 所属は統合幕僚監部特別災害部特定有害生物対策室駆除班。自衛隊法第八十三条に基づく怪獣駆除のための部隊である。


 怪獣とは二十一世紀末から突如として出現した巨大生物の事で、正確に言うなら我々の住む宇宙とは別の空間から地球上に出現している躯体の事だ(専門家は多次元且つ平行世界の存在とその依代などと言っているが俺には難しすぎる言葉だ)。

 難しい話はどうであれ、実際として怪獣は街を破壊し、経済や人命にかかわるので前世紀末には我々のような専門部隊が設立される運びとなった。

 とはいえ怪獣が出現するのは日本だけであり、当然実際に怪獣と戦ったことのある部隊はこの駆除班だけという事になる。


 駐屯地の代わり映えのしない建物群の一つに停まった車から降りる。ここが特定有害生物対策室のある建物だ。


 「よくゆっくりしていられますね」


 正面から入ろうとしたその時、背後から呼び止められる。

 振り返って言葉の主を確かめると書類を抱えた見覚えのない女が早歩きで俺の目の前を通り過ぎ、建物に入っていった。


 「焦りすぎだ。怪獣が出現してから交戦が始まるのはどんなに早くても一時間。市街地に被害が出るのは二時間半を過ぎてからだろう。習わなかったか?」


 初対面で暴言を言われっぱなしではたまらないのでこちらも言い返す。すると女は立ち止まり俺を見て


 「……っ! 信じられない!!」


 と吐き捨てるとまた足早に奥へと向かっていった。


 「信じられないのはどっちだよ」


 彼女が見えなくなったことを確認した後、漏らすように悪態をついてみた。いきなり暴言を浴びせる人の方が信じられない。

 だが、こんなことでくよくよしていても仕方ない。彼女ら職員が普段働いている分俺は暇を謳歌している。その分発生した必要経費だと割り切るほかない。


 そんなことを考えながら俺は会議室のドアを開けた。


 「遅いぞ。……まあいい、ブリーフィングを開始する」


 部屋に入るなり対策室長、ハマノ一佐が口を開いた。


 「今日のブリーフィングは新しい技官に一任してある。ミヤタ准尉」


 紹介されて立ち上がったミヤタとかいう新しい技官とやらは――。


 「貴方でしたか。こんな人が」


 先ほどの暴言女だったのだ。


 「ミヤタ准尉」


 一佐に窘められブリーフィングが始まる。


 「はっ。では本日11時18分に出現した怪獣三百三十号について説明いたします。奈良県と和歌山県の境に位置する果無山脈(はてなしさんみゃく)に出現し、山脈の稜線を踏み抜きながら大阪市街部へと進んでいるものと思われます。なお当怪獣三百三十号は出現位置と特徴から特別災害部が『一本踏鞴(いっぽんだたら)』と名付けたため以後、公文書等についても一本踏鞴と呼称されます」


 ミヤタはスクリーンに映し出された映像を背景に説明を続ける。


 「この一本踏鞴の特徴として挙げられるのは足が一本であるという事です。そのため移動する際には飛び跳ねて移動します。この跳躍による移動速度はこれまでに出現した怪獣の平均を大きく上回ります。俊敏と言ってもいいでしょう。また、跳躍力は非常に高く地上三百メートルの高度で飛行していた報道ヘリに頭突きのようになって追突、そのヘリに乗っていたテレビ局員三名とパイロット一名の計四名が犠牲となりました」


 非難するような目つきで俺を見てミヤタの説明は続く。


 「次に、当怪獣に対する駆除作戦について説明いたします。果無山脈と大阪市街部の間はほとんどが山地であり、山地で作戦行動を行うとなれば作戦行動に次の支障が出ることが予想されます。一、山の地形や木々によって走査に支障が出る点。二、山林部である都合上怪獣の接近を認識しづらく、また体力の消耗が激しい点」


 確かにミヤタの言うとおりだった。走査機によるラスター走査で怪獣の姿かたちをしっかりと捉えられていなければ怪獣を駆除することはできない。


 「この二点を解消する、作戦実施地点として適当だと判断されたのが紀の川流域の紀の川市です。流域には三キロ程度の平地があり、和歌山と大阪とを隔てる和泉山脈との間を一度に飛び越えることは難しいと推測されます。よって本作戦では陰陽師が怪獣を紀の川市街まで誘引。のち、第三十七普通科連隊と協同して足止め。走査による形状把握を行い、封印いたします」


 そもそも怪獣の駆除とは単に怪獣の命を絶つことではない。

 怪獣の躯体はあらゆる兵器を用いても怯みこそすれ、破壊する事はできない。怪獣の躯体には我々の宇宙の法則が通用するが、それを形作る存在には通用しないのだ。

 怪獣はそれ自体が意志を持っているわけではない。別の空間にある存在がラジコンのようにして躯体を操っているに過ぎない。

 では我々の行っている駆除とは何をどのようにして行っている物なのか。

 そこで登場するのが陰陽師だ。

 陰陽師は怪獣自体を殺すのではなく怪獣の躯体、躯体を操る存在から躯体を切り離し、沈黙させる。即ち封印する事で駆除を行う。

 同一の存在は一つの世界に一体までしか依代を持つことができないことが経験則的にわかっているため、沈黙後の躯体を保護する事で同一存在による怪獣はこれ以上出現しない。これを以て駆除成功となるわけだ。


 「以上で作戦についての説明を終えます。何か質問はありますか? そこの陰陽師さんは如何です。不満げな顔をしているようですが」


 そして俺がその陰陽師という事になる。


 「一応上官だぞ。ひとつ質問がある。俺の相方はだれだ。いつもの人が見当たらないが」


 すると目の前の女は深いため息をついた。


 「前任のヤマサキ二尉は特別災害部技術課に転属となりました。よって私、ミヤタユウ准尉が走査技官としてあなたのサポートに従事します」


 よろしくお願いします。と彼女は心にもないであろう笑みを交えて挨拶を仕掛ける。

 よりによってこいつが相方とは。これからこいつと任務に就かなければならないと思うと不満だがそれも含めての任務だ。


 「ああ。よろしく」


 上官の手前挨拶しないわけにもいかない。あえてぶっきらぼうに挨拶を返した。

 しかし、こういう手合いは苦手だ。

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