プロローグ
その時、咆哮と共に竜の頭の一つが青白く光るのを見た。
閃光と共に襲ってきた風圧で立っているのもやっとな状態、それでいてどこか冷静な部分があった俺はブリーフィングの時にユウが言った言葉を思い出す。
「今回貴方に戦ってもらう怪獣、九頭竜の主な脅威は九つの頭からそれぞれ放たれる線上の光です。事前に収集したデータに拠りますとこの光は反物質でできた一種の舌のような器官であると考えられており、触れた獲物を対消滅させ、生じた膨大なエネルギーを吸収します」
改めてアイツに例えを交えて教えてもらうまで理解に苦しんだが……。要するにあの光線に触れたものは何であろうと消えてしまうもの、らしい。
ともすると俺はこのまま消えてしまうのだろうか。今まで幾度となく怪獣を封じてきた俺に言わせれば封印とは怪獣にとっての消滅、即ち死だ。怪獣に人間と同じような意識があるとするならば死を前にして何を思ったのか。そもそも怪獣が何のために顕れ、街を破壊し殺戮の限りを尽くすのかすら分かっていない俺たちにそれを知る術はないのだが。
風圧が始まって何秒経ったのだろう。さっきから自分を取り巻く時間がとてもゆったりとした流れに感じる。データリンクの副作用でないとするならこれが世にいう走馬灯なのか。
暴風は止まない。それどころか益々強くなるばかりだ。狩衣の筋力向上機能のおかげで何とか踏ん張れてはいるがあまりの暴風に過呼吸になる。
息ができない。
「貴方のそれは風恐怖症の典型的な症状です」
アイツならあの時と同じくそういうのだろう。
「兄もそうでしたから」
五年前の怪獣「弥五郎」が吹き飛ばしたビルの中でアイツの兄は死んだ。俺の親父も死んだ。俺はこの国で唯一の陰陽師となった。
あの日を境に俺は一層だらしがなくなった。今思い返すと親父が死んで自暴自棄になっていた。どうしてあの時親父を助ける事が出来なかったんだ。「あの状況ではどうしようもなかった。仕方ない」どこか冷静な自分は言った。でも、もう一人の冷静でいられない自分はそう居直る事はできなかった。親父と二人でなら、もっと早く封印出来て、被害も少なくてアイツの兄も死なずに済んだかもしれないのに。
風圧が少し治まったように感じてふと我に返る。幸いにも俺はその光線を喰らってないようだった。
そりゃそうだ。俺が死んだらこの街はどうなる。近所のコンビニの店長は? そしてアイツは……?
まてよ。ユウはどうなったんだ。確か俺の真後ろのビルの中で走査の準備に移っていた筈だ。
振り返るとビルの腹には大きな穴が開いていてひどくグロテスクな鉄筋と配線と焦げ跡が内臓のように垂れていた。
「ユウ!!」
俺は九頭竜の事など忘れてビルに走った。
もう見殺しにはできない。