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6 接触と反応

 第一八班のトレーニングが終わったところで、ファランヴェールがフユにバイオロイドたちと話をしたいかどうか尋ねた。学校の規定では、トレーニング終了後にその施設の中でなら生徒とバイオロイドの接触が許されているのだという。それ以外にある接触の機会は、共同訓練時のみとなっていた。


「はい、お願いします」


 返事を聞くまでもなかったのだろう。フユの言葉が終わるのも待たずに、ファランヴェールがフユの肩を抱き、トレーニングルームへと(いざな)う。中に入ると、四体のバイオロイドたちの視線が一斉に、見慣れぬ生徒へと注がれた。

 フユの視線がヘイゼルのそれと合う。ヘイゼルの表情がパッと明るくなったが、ファランヴェールの手がフユの肩に掛けられているのを見た瞬間、目を大きく見開き、そしてうつむいた。上目遣いにファランヴェールを睨みつける。


「みんな、集まってくれ。コンダクター候補生を紹介しよう」


 ファランヴェールの呼び声が響いた。それを合図に、緑色の髪をしたバイオロイドが真っ先にフユの近くへとやってくる。


「候補生来るの、久しぶり!」


 期待に満ちた瞳をキラキラと輝かせながら、フユの目を見つめている。


「わざわざここを見に来るとは、物好きだねぇ。どれどれ」


 その横では、赤毛のバイオロイドが顎に手を添えながら、まるで値踏みするかのようにフユの全身を眺め出した。青髪のバイオロイドも近寄ってきたが、ヘイゼルだけが一人、その輪から離れたところに立っている。


「フユ・リオンディ君だ。事情があって、今日からの登校になった」

「よろしくお願いします」


 ファランヴェールが紹介するのに合わせてフユがお辞儀をすると、バイオロイドたちの中で感嘆とも驚きともつかぬ声が小さく漏れた。

 その意味が分からず、フユがバイオロイドたちを見回す。その横からファランヴェールが、「丁寧に挨拶をする人間が珍しいのだよ」と囁いた。

 そういうものなのかと思いつつ、フユはバイオロイドたちの次のリアクションを待つ。しかし、程度に差はあったものの、皆何かを期待したような表情をしたまま、フユを見つめたままである。ただ、ヘイゼルだけは俯いた状態で、今度はフユを上目遣いで見ていた。


「フユ。話し掛けは生徒からという決まりになっている。話をしたいバイオロイドは誰かな」


 場の硬直を見かねたファランヴェールが、フユにそう教える。

 そうでなければ、バイオロイドたちが我先にとしゃべり出し、収拾がつかなくなるからだろう。フユはそう思い、もう一度バイオロイドたちを見回した。皆、男性型のバイオロイドのはずであるが、その顔には幼さが色濃く出ていて、程度や方向が違うにせよ、『かわいらしい少年、もしくは少女』といった様相である。

 フユの目が、ヘイゼルと合う。


「あなたのお名前は」


 フユが口を開いた。しかしそれは、ヘイゼルに向けてではなく、一番最初に近寄ってきた緑色の髪のバイオロイドに向けてであった。


「え? レイリス?」


 そのバイオロイドが自分を指さし、驚いた声を上げる。次の瞬間、


「な、なぜ!」


というヘイゼルの言葉が、トレーニング室の中に甲高く響き渡った。信じられない、そんな目でヘイゼルがフユを見ている。

『自分の相手をしろ』

 ヘイゼルの目はフユに対してそう訴えていた。しかしフユは、その視線に気を止めようとはしない。


「ヘイゼル。他の会話への干渉は厳禁だ」


 ファランヴェールの鋭い声が跳ぶ。しかし、ヘイゼルにはその言葉は耳に入っていないようだ。懇願と憤怒の入り混じった瞳が、フユを捉え続けている。


『なぜ』


 フユには、ヘイゼルの反応が理解できない。彼と会ったのは、テロ現場が最初であり、そして今日が二回目である。たったそれだけの関係。なのに、ヘイゼルの反応を見るに、彼は明らかにフユにこだわっているようだった。ヘイゼルはこの学校の生徒からの共同訓練の申し出をすべて断ったのだという。


『なぜ』


 フユを待っていたからだろうか。確かに、ヘイゼルはフユの恩人である。しかしそれは、フユがこだわるべき理由だった。フユが彼の恩人というわけでは無いのだ。


『なぜ』


 再びその言葉がフユの頭に浮かぶ。そもそも、なぜヘイゼルはあのホテルにいたのだろうか。


『ヘイゼル!』


 それを消すかのように、頭の中で父親の最期の言葉が響いた。

 フユが、ヘイゼルからゆっくりと視線を外す。そして、自らを『レイリス』と呼ぶバイオロイドの方へと顔を向けた。


「エリミア・セル・レイリスだよ!」


 髪と同じ色の瞳を輝かせながら、フユと目が合ったバイオロイドが自分の名前を名乗る。前髪は眉辺りで切りそろえられており、ふわっとしたショートヘアのすそが細長い耳の後ろで内側にカーブを描き収まっていた。

 髪の色は、そのバイオロイドのタイプによって決まる。手先の器用さに優れていて救命処置に秀でたのがセル・タイプのバイオロイドであるが、訓練成績データを見る限りでは、フユにはそうは感じられない。いや、そもそもこのレイリスというバイオロイドの成績は、どれもほぼ最低のものであった。


「ごめんなさい、僕はエリミアという人を知りません。あなたを作ったのはどんな人でしたか」


 フユは決して背の高い方ではないが、レイリスはフユよりもさらに頭一つ低い。小さな体も相まって、トレーニングウェアが少しだぶついている。

 フユは少し身をかがめ、正面からレイリスの顔を覗き込んだ。少し丸みを帯びた顔は人懐っこそうである。


「えっと、人じゃないよ。エリミア高等学校のみんながレイリスを作ってくれたよ!」


 両腕を広げ、レイリスは自信たっぷりにそう答えた。何でも、生徒による実験の過程でこのレイリスは誕生したらしい。

 バイオロイドの製作は極めて高度な遺伝子操作と培養の技術を必要とする。事前のDNA設計にも膨大な知識と周到な計算が必要なはずである。たかが高等学校の実験で製作できるようなものではない。

 それくらいはフユも知っていただけに、レイリスの話す内容に、フユは少し驚いてしまった。ただ、何か色々と事情があるのだろうが、今は聞かないことにした。


「得意なことは?」

「歩くこと! レイリスは、歩くのが得意なんだよ!」

「そうですか」


 フユが、顔にいっぱいの笑みを浮かべる。


「ありがとう」


 フユはレイリスに礼を言うと、その隣にいた赤毛のバイオロイドに視線を向けた。

 フユがレイリスと話している間、ヘイゼルはずっとレイリスを睨むように見つめていたが、その対象が次へと移る。下唇を噛んでいるヘイゼルの様子が、フユの視界の端に映った。


「あなたは」

「ふむ、この僕のことを知りたいと」


 赤毛のバイオロイドはフユよりも少し背が低い。それでも、心持ち顔を上げ、半開きのシニカルな目でフユに見下ろすような視線を向けている。

 バイオロイドは総じて線が細く体が小さい。フユよりも頭一つ背が高いファランヴェールが珍しい部類と言えた。

 ボリュームのある赤い髪は全体が無造作に流れるままにされていて、余り整えられていない。バイオロイドには、コンダクター候補生に気に入られようとして身だしなみを一生懸命整える者が多いと聞いていただけに、フユにはそのバイオロイドがどこか異質に感じられた。


「教えてあげよう。イザヨ・クエル・ラウレだよ。DNAデザイナー、イザヨ・クレアが作ったバイオロイドさ」


 ラウレと名乗ったバイオロイドが、口元に笑みを浮かべた。見るものによっては、馬鹿にされたと感じる表情だろう。

 イザヨ・クレアという名前は、フユも目にしたことがある。女性のDNAデザイナーだが、彼女が製作したバイオロイドは様々な災害現場で功績を立てている。一流デザイナーとの名声をすでに得ている人物だった。

 そのような人物が作成したバイオロイドなら、もっと優秀であってもいいはずであるが、なぜかラウレはこの学校でも成績の最も悪いバイオロイドの一体のようだ。

 いや、そもそも、いわば『ブランド』のバイオロイドがマーケットで売れ残ったというのがフユには信じられない。もしかしたら返品組なのか。フユはそう推測した。


「さっきはなぜ、壁登りを止めてしまったのですか」


 気になったことを尋ねてみる。

 ラウレはその質問をふふんと鼻で笑うと、


「あのような訓練、簡単すぎてこの僕には必要ないからねえ」


 と答え、腕組みをしながら明後日の方向に顔を向けた。

 それが本当なのか、それとも何かしらの嘘なのか。フユには判断がつかなかったが、そこにこのバイオロイドが抱えている『問題』がありそうだ。

 フユは覗き込むようにラウレの顔をじっと見続けた。ラウレは、顔はそのままに、視線だけをちらっちらっとフユに向ける。それを何度か繰り返した後で、まるで根負けしたかのように「そんなに見つめないでくれたまえ」と言って、少しばつが悪そうな表情をした。


「ごめんなさい、ありがとう」


 フユはそう言って、ラウレに微笑んでみせた。

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