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5 その瞳は何を見る

 もちろん、フユにはあの壁を登るどころか、手前の高台に上がることすら無理だろう。しかしそれは、地上で生きる動物に空を飛べと言っているのと同じであり、人間に要求される能力ではない。反対に、大空で生きるはずの鳥が空を飛べないのなら、それは生きていけないことを意味する。


 DNAレベルでの設計を経て、生み出されるバイオロイドたち。その身体能力は人間をはるかに凌駕する者である。しかしそれは、平均的でありさえすれば、とう条件が付く。

 要求される最低限の能力すら持ち合わせていない場合、その者はどうなるのか。その末路をフユは少しだけ耳にしたことがある。


『行方不明』


 全てのバイオロイドが政府当局に登録され、間接的な管理を受けるにもかかわらず、行方知れずになるバイオロイドの数は少なくないという。そして、いつの間にか登録から抹消されているのだそうだ。フユはそこに社会システムの闇を感じずにはいられない。


『この学校の理事長は、そんな闇に立ち向かおうとしているのか。それとも、本当にただお金稼ぎのためにやっているのか』


 フユは、理事長に会ってみたいと思った。


 と、目の前のスクリーンに、今まで表示されていなかった名前が表示される。そして、スタート地点には今までいなかったバイオロイドが立っていた。

 背はフユと同じくらいだろうか。トレーニングウェアの上からでも、その体の線の細さが見て取れる。灰色の長い髪をかき上げ、そして振り返り、フユを見た。そのままじっと見続けている。


「ヘイゼル……向こうからもこちらが見えるんですね」


 ヘイゼルはフユに何かを言おうとしていた。それがどういう内容なのか、フユには何となく察しが付く。


「いや、このスクリーンはマジックミラーになっていて、訓練室からこちら側は見えない」

「でも、ヘイゼルは」


 トレーナーに早くスタートするよう声を掛けられているが、それを無視するように、ヘイゼルはフユを見続けている。


「見えているようだな。君の姿が」

「それもバイオロイドの能力ですか」

「いや、そんな能力は見たことも聞いたこともない」

「じゃあ、どうやって」

「それは私にも」


 その口調に何か含むものを感じて、フユはファランヴェールを見た。ファランヴェールは、ヘイゼルの様子を鋭い目つきで観察している。


 フユが視線をスクリーンに戻すと、まるでそれを確認したかのようにヘイゼルが前を向いた。そして走り始める。最初の跳躍で台の上に飛び乗ると、重力を感じさせないような動きで向こう側へふわりと飛び降りた。壁は、三回蹴っただけで上まで登ってしまう。その頂上から両足でジャンプすると、かなり離れたところにあるポールに取り付き、その周りをくるくると回りながら、下に降りた。そして灰色の髪をかき上げ、遠くからまたフユを見つめる。フユがかつて助けられたときに見たあの優雅な動きは、相変わらずのようだった。


「ヘイゼルはなぜこの班なのですか」

「能力ではなく、成績で班分けがされているからだ。今年に入ってすでに二回テストが行われているが、そのどちらも彼は懲罰室にいたのでね」


 運動能力という点に関しては、第一八班の他のバイオロイドとは比べ物にならないようだ。いや、一人、イザヨ・クエル・ラウレという赤い髪のバイオロイドはヘイゼルといい勝負ができそうだが、ラウレはこのチャレンジを途中で止めてしまっている。


「なるほど」


 フユは知らずの内にそう小さくつぶやいていた。

 この第一八班は、能力とは別のところに問題のあるバイオロイドたちが集まってしまっているようだった。


 その後も、バイオロイドのトレーニングは続けられた。様々な障害物を、その身一つでクリアしていくもので、野外活動のための訓練なのだろう。


「この時期だと、担当がまだついていないバイオロイドは四〇体ほどだ。『選抜会』でそれを選ぶことになっている。一年生はまず一体、それが一年間の実習の相手になる。もちろん、その先もだがね」


 卒業までに二体のバイオロイドの担当をすることになる。フユはその仕組み自体は入学前から知っていたが、担当するバイオロイドをどう決めるのかは何となくしか分かっていなかった。


「なるほど」


 フユはまた、小さくつぶやいた。


「これを見るといい」


 ファランヴェールが、いくつか並んだモニターの一つを指し示す。バイオロイドたちのデータベースにアクセスできるようだ。

 一覧表を見ると、担当が決まっているバイオロイドにはその横に生徒名が記されている。


「半分以上が、まだ決まってないのですね」


 モニターを覗き込みながら、フユがつぶやいた。

 現在目の前のトレーニング室で訓練を受けている四体のバイオロイド以外にも、別の場所で訓練しているバイオロイドのデータも見ることができる。


「ああ。ただし二年生が一体ずつ先に選ぶことになるので、一年生はその残りの二四体の中からということになる」

「じゃあ、選ぼうと思ったバイオロイドを誰かに先に選ばれてしまうこともあるのですね」

「『選ぶ』と言ってはいるが、実際には、人間とバイオロイド、双方の合意に基づいて担当が決められる。どちらか片方だけがそう望んでも、担当には決まらない。だから担当するバイオロイド選びは、ある程度の期間を使って行うのが通常だ。それでも競合した場合は、二年生に優先権が与えられている」

「信頼関係も必要、ということですか」

「それもあるが、バイオロイドたちにとっても自分を指揮するコンダクターの能力で将来が左右される。出来るだけ、優秀な人間に選ばれたいと思うのも道理というものだろう」


 フユはまた『なるほど』と思ったが、今度は口には出さなかった。


 もちろん、救助用バイオロイド『エイダー』に求められるのは身体能力だけではない。しかし、それが重要なウェイトを占めていることもまた否定できない事実である。


「優秀なバイオロイドに人気が集まり、その者たちは優秀なコンダクター候補生を選ぶことができるということですね」

「自然、そうなる。と言っても、『優秀な』バイオロイドをこの学校で探す方が難しい。『普通の』バイオロイドすら、取り合いになる。しかし成績の劣るバイオロイドは、声すらかからない場合もある。その為、自分を選んでもらう為に必死になるのだよ。だから、担当が未定のバイオロイドは、規定時間以外にコンダクター候補生と接触してはならないという規則がある、ということだ」


 そう言ってファランヴェールは、また少し笑顔になった。話の内容からすれば、笑うところでは無いだろう。それが故に、フユは自分がファランヴェールに質問し過ぎているのだと思った。


「すみません、色々訊き過ぎてしまって。本当は、それも自分の力で知っていかないといけないのですよね」

「ははは。まあその通りなのだが、このような話は入学時のオリエンテーションで説明されるものだ。それに、四月からの三ヶ月がバイオロイド選びの期間になっているが、フユは入学が遅れたので、その期間が短くなってしまっている。その不利は、すまないが、辛抱して欲しい。その補填としての情報提供だと思えばいい」


 そう言った後で、ファランヴェールは「君ほどに真剣に話を聴いてくれるのなら、こちらも答えたくなるというものだよ」と、目を細めながら付け加えた。


 選抜会は二週間後に迫っている。それはつまり、ある程度信頼関係で結ばれた『ペア』がすでにいくつもできていることを意味していた。

 フユが選ぶことのできるバイオロイドは、二年生が選んだ後の『残り』の内、一年生の誰とも信頼関係が築かれていない者ということになる。


「いえ、大丈夫です。でも、ヘイゼルを選ぼうという生徒はいなかったのですか……っと、また訊いてしまいました。すみません」


 バイオロイドのデータベースには、担当の有無以外に、どのコンダクター候補生とどのような共同訓練をしたのかも載っている。それをみれば、どの生徒がどのバイオロイドとどれくらいの関係になっているのかが見て取れるのだ。

 しかし驚いたことに、ヘイゼルは誰とも共同訓練をしたことが無いようだ。第一八班の他のバイオロイド、例えば、あの高台にすら登れなかったエリミア・セル・レイリスという緑色の髪のバイオロイドすら、その記録があるというのにである。


「はは、構わないよ。もちろんヘイゼルへの共同訓練の申し込みはあった。それもかなりたくさんの、だ」

「あった?」

「ああ。今はもう、申し込む者もいないだろう。何せヘイゼルはその全てを断ってしまったのだからね」


 なぜ、と訊こうとして、フユはその言葉を飲みこんだ。

 もうここからは、フユ自身が自分で確かめるべきことなのだろう。しかし、確実に分かったことがある。それは、ファランヴェールがフユを真っ先にここに連れてきたのは、ヘイゼルを見せる為だったということだった。

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