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4 第一八班

 訓練施設の少し広めのエントランスに入ると、そこには他にも何人かの生徒が来ていた。


「第一八班がどこで訓練しているか、教えてもらえるだろうか」


 ファランヴェールが、受付にいた男性にそう尋ねる。パルクールジムだとの答えに礼を述べると、フユの方へと振り向いた。


「こっちだ」


 ファランヴェールがエントランスを抜けて、奥のエレベータ室へと向かう。フユは少し小走りでファランヴェールに追いつくと、いくつも並んでいるエレベータの内の一つに乗り込んだ。


「バイオロイドだけでなく、生徒も出入りしてるんですね」

「コンダクター候補生は、許可を取れば、訓練中のバイオロイドの様子、訓練内容や結果を見ることができる。ここ以外の訓練施設でもそれが可能だ。それが担当したいバイオロイドを選ぶための情報となる。バイオロイドの能力を見極める目も、コンダクターには必要な能力なのだ」


 ファランヴェールが、自分の目を指さしながら微笑む。暗赤色の瞳。フユは、ヘイゼルのもっと明るい赤色の瞳を思い浮かべ、比べてみる。そこに宿る光は、似て非なる物。そんな気がした。


 重力の僅かな変化を感じた後、エレベータが止まった。扉が開くと同時にファランヴェールに背中を押され、エレベータの外に出る。右手に伸びる通路には、照明が煌々とついていて、白い無機質な壁を浮き上がらせていた。

 突き当りまで進むと、ファランヴェールが壁の横のパネルを操作する。すると、壁が音もなく横へとスライドした。

 中は狭いモニター室になっていたが、ガラス窓を挟んだ向こう側には、部屋と呼ぶにはかなりの広さのある空間がある。トレーニングジムに見えなくもないが、天井が見上げるほどに高く、中には様々な大きさの壁や台がいくつも置かれていた。


「ここは運動能力の訓練場だ。ここから彼ら様子を直接見ることができる。正面のスクリーンにバイオロイドの名称や状態が表示されるし、モニターではバイオロイドの基本情報やこれまでの訓練データ、能力を数値化したものを見ることもできる」


 ファランヴェールがいくつも並ぶモニターを指さしたが、フユはそれには興味を示さず、大きな一枚ガラスの向こう側にいたバイオロイドたちを見つめていた。その様子を見てファランヴェールが表情を少し緩めたが、フユはそれには気付かなかった。


 視界には、四つの人影が見える。そのうちの一人は、恰幅のいい中年で、バイオロイドたちのトレーナーであることが見て取れた。

 他の三人は皆、体の線が細く、背もさほど高くはないようだ。フユと似たような年齢に見えるが、彼らがバイオロイドであることはフユにもすぐに分かった。


 その内の一体がスタート地点から走り出し、身長よりも遥かに高い台に飛び上がろうとしたが、手すら届かず、正面にぶつかり、派手な音を立てて下に落ちてしまう。フユは思わずあっと声を上げたが、落ちたバイオロイドに怪我は無いようだ。よろよろと立ち上がると、ふわっとした緑色の髪が覆う頭を抱えながらスタート地点へと戻っていく。かなり小柄で線も細いバイオロイドだった。


 その姿の横には、緑色の文字で『エリミア・セル・レイリス』という表示がされている。


「あれは、難しい訓練なのですか」


 指さしたわけではなかったが、ファランヴェールはフユが言わんとしていることが分かったようだ。


「いや、普通のバイオロイドならいとも簡単にこなしてしまうようなものだ」

「でも、あのバイオロイドは」


 『簡単にこなす』どころか、『できる』という可能性すらフユには感じられなかった。

 別のバイオロイドが、ウェーブの掛かった赤い髪を揺らしながら高台へ軽々と飛び上がる。先ほどのバイオロイドとは、運動能力が格段に違うようだ。その台から前方に宙返りをしながら飛び降りた。その先には、天井まで続く向かい合った壁がある。その幅は両手を広げた人間二人分ほどだろうか。それを驚くような跳躍力で、左、右蹴りながら登り始めた。しかし次の跳躍でそれを急にやめてしまい、下へと落ちる。衝撃を和らげるように足を曲げて両足で着地すると、悪びれる様子もなくスタート地点へと戻っていった。


「あのバイオロイドは、なぜ途中で登るのを止めてしまったのですか」


 今度は、その姿を指さし、ファランヴェールに尋ねる。スクリーンには『イザヨ・クエル・ラウレ』という名前が表示されていた。


「フユには、どう見えたかな」


 反対にファランヴェールがフユに尋ねる。


「そうですね……『疲れた』。そんな感じに」


 フユが答えると、ファランヴェールはどこか諦めにも似た笑みを見せた。


 二人の視線の先で、先ほどの緑色の髪をしたバイオロイドが再び高台乗りにチャレンジする。しかし今度もまた、壁にぶつかり落ちてしまった。


「フユ、私がさっき、ヘイゼルがマーケットの『返品』だったと言ったのを覚えているかな」


 ファランヴェールが、スクリーンを見ながら、フユにそう尋ねた。


「え、ええ」

「実は、ヘイゼルだけではない。この学校に所属しているバイオロイドのほとんどは、マーケットでの『売れ残り』か『返品された』ものなのだよ。だからこの学校にいるバイオロイドは、『普通レベル』にある者すら全体の半数に満たない。『優秀なバイオロイド』となると、数体いるかいないかだ。ただ、この者たちはその中でも特別でね。この学校に所属するバイオロイドは七二体だが、その中でも最も訓練成績の悪い者たちが集まったのが、この第一八班なのだよ」


 それを聞いて、フユはなるほどと思う一方で、なぜファランヴェールが真っ先にこの者たちの訓練を自分に見せたのか、疑問に思う。しかし口からは、別の質問がついて出た。


「なぜ、そんな状況なのですか。この学校がマーケットで不利な扱いをされているとか」


 スクリーンでは、今度はやや長めの青い髪をしたバイオロイドが障害物にチャレンジしている。高台を越え、さほど軽やかな動きではないが、壁登りを始めた。しかし、動きだけなら、先ほどの赤毛のバイオロイドの方が良さそうだ。


「確かに、優秀な業績を上げている養成学校には、優秀なバイオロイドを優先的に選択する権利が与えられている。しかしそれは数体程度の枠だ。この学校にも優秀なバイオロイドをもっと連れてこようと思えば、できなくはない。だが、そうしないのが理事長の方針でね」


 ファランヴェールの言葉に、フユは更なる疑問を感じ横を見た。


「なぜ、ですか」


 ファランヴェールがフユの顔を見て表情を崩した。そして小声で笑いだす。何か変なことを言ったのかとフユは不安になったが、笑った後のファランヴェールの表情は、どこか寂し気に見えた。


「いや、いや、申し訳なかった。昔、君のように、私を質問攻めにした人間がいてね。その子のことを思い出してしまった」


 ファランヴェールがまたスクリーンへと視線を戻す。


「迷惑、でしたか」

「いや、その逆だ。とても純真で、純粋な心の持ち主だった。眩しいくらいにね」


 ファランヴェールにとって、その思い出はとても大切なものなのだろう。フユは『その子は今』と訊こうとしたが、慌てて言葉を飲みこんだ。ファランヴェールの横顔は、フユの質問を拒絶するような雰囲気を宿していた。

 次の言葉が見つからず、フユは少し黙り込んでしまう。それを察知したかのように、ファランヴェールは話題を元に戻した。


「どんなバイオロイドにも、エイダーになるチャンスを。どんな人間にも、コンダクターになるチャンスを。これが理事長の考えだ。だから毎年、どの学校にも選ばれなかったバイオロイドをマーケットから連れてくるのだよ。その分、この養成学校から輩出するエイダーの実績はお世辞にもいいものとは言えない。実績がなければ、優秀な生徒も集まらない。この学校のレベルが高くないのは、そう言うことだ」


 ファランヴェールの口調に、ネガティヴなものは感じない。そのことを悲観しているわけでも、批判しているわけでも無いのだろう。


「立派な方針だと思います」


 フユは思ったことを率直に口に出した。


「世間では、『補助金目当ての姑息な金稼ぎ』と陰口をたたかれていても、かな」

「例えそうであっても、結果的に救われるものがいるのなら」


 どちらかと言えば意地悪なファランヴェールの返しにも、フユはしっかりした声で応じる。


「そうか」


 ファランヴェールは、どこか満足そうな顔を浮かべながら、ただそうとだけ答えた。

 青い髪のバイオロイドが、何度も壁を往復しながら登っていく。一度に登る距離が短すぎる為、延々と壁の間を往復しているようにしか見えない。

 顔は上を向いている。何か様子をうかがっているように見えたが、その内徐々に下へと降り始め、また何度か往復をした後、とうとう地面に降りてしまった。

 傍で見ていたトレーナーが頭を抱えたが、そのバイオロイドは一度だけ頭を下げ、スタートへと戻っていった。

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