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2 灰髪のバイオロイド

 ヘイゼルがフユを見つめながら、首をいっぱいに伸ばす。


「ボ、ボクを」


 その口から出た言葉は、しかし、ファランヴェールが彼の腕を後ろ手にひねり上げることで、さえぎられてしまった。突然襲った痛みに、ヘイゼルの甲高い悲鳴が響き渡る。


「無断欠課、そして規定時間外でのコンダクター候補生への接触。どちらも懲罰対象だ。それにこれまでの度重なる脱走。一体君は何度懲罰室に入れば気が済むのだ」


 ファランヴェールの声色は、どこまでも穏やかである。しかし同時に、押しつぶすほどの威圧感を与えている。


「待って下さい。その子は、私の命の恩人なんです。話くらいなら」


 フユが、ファランヴェールの方へと手を伸ばし、捕らえられている哀れなバイオロイドを離すよう懇願した。

 ファランヴェールがフユへと視線を向ける。その余りの鋭さに、フユはその後の言葉を飲み込んでしまった。


「駄目だ。規律は守るために存在している。一度例外を認めれば、そこから破綻してしまうだろう。そのせいで数多の命が失われるかもしれない。君もコンダクターを目指すというのなら、そのことを理解するべきだ。それに、規律違反者を庇う者も同罪。懲罰を受けることになる」


 ファランヴェールの返した言葉は、無慈悲なもののように感じる。しかし、人命救助という活動において、誰かの勝手な行動は確かに大惨事を招きかねない。


――この人はそれを理解している。


 フユは、ファランヴェールの瞳を見て、そう感じた。


「それとも、フォーワル・ティア・ヘイゼル、君はリオンディ君を懲罰室送りにしたいのか」


 ファランヴェールは敢えて、ヘイゼルのフルネームであろうものを口にしたのだろう。警告とも脅しともとれるファランヴェールの視線が、ヘイゼルへと向けられる。


「卑怯だ。現場に出られない、不良品のくせに」


 腕をひねられ、体を曲げてそれに耐えながらも、ヘイゼルは噛みつくようにそう返した。


『不良品?』


 フユは、その内容も気にはなったが、それ以上に、『不良品』とまで罵られたファランヴェールになんら気配の変化が感じられなかったことに、驚いてしまう。


「言いたいことはそれだけか。このまま立ち去るなら良し。さもなくば本当に懲罰室に送ることになる。次は三か月間だったな。『選抜会』はもうすぐそこだ。君はそれに参加することもできず、『売れ残り』が確定することになる」


 その言葉に、ヘイゼルの動きが止まった。それを見て、ファランヴェールが彼の腕から手を離す。ファランヴェールを一睨みすると、ヘイゼルはフユに何かを訴えかけるような視線を残し、この場から走り去っていった。

 バイオロイドの走力は人間のそれよりもはるかに高い。すぐにフユの視界から消えてしまったが、風になびくヘイゼルの灰色の長い髪の残像を、フユはしばらくの間見ていた。


「申し訳ない。迷惑をかけた」


 肩をすくめながら、ファランヴェールがフユに声を掛ける。フユに気を使ってなのか、ファランヴェールの瞳は、鋭さが消えるだけでなく、優しさにあふれていた。


「いえ、あなたが謝ることでは」


 フユが慌ててそう返す。しかしファランヴェールは、首を左右に軽く振った。


「私はこの学校の主席エイダーだ。あれはまだエイダー候補でしかないが、私にはこの学校に所属している全てのバイオロイドの行動に一定の責任がある」


 そう言うとファランヴェールは、少しだけ乱れた服装を丁寧に直した。

 ファランヴェールもエイダーである以上、現場で救助活動を行っているはずである。しかし、ヘイゼルが言った『現場に出られない、不良品のくせに』という言葉の意味が分からず、フユはどういう顔をしていいのか困ってしまった。


「あの者の言葉、気になるかな」


 フユの心を見透かしたように、ファランヴェールが声を掛ける。


「あ、いえ」

「遠慮することは無い。ただ、今は学校の案内を優先しよう。いつか機会があれば、私のことも教える。さあ、次は図書館だ」


 ファランヴェールは、促すようにフユの肩に軽く振れると、足早に歩き始めた。


 ファランヴェールに連れられ、校舎以外の施設を見て回る。フユがこの学校に実際に登校したのは今日が初めてであり、朝来た時には、正門から第一校舎の職員室、そして教室へと移動しただけだった。


――結構、広いんだ。


 一学年の人数は基本的に十二人。全部で五学年なので、通う生徒数は六十名ほどである。その規模の割には敷地は大きすぎるくらいだ。図書館こそ一つしかないが、体育館は四つ、グラウンドも三つ、学生用の食堂が二つあり、後は研究施設のようなものも大小いくつか存在している。


「すごく充実してますね。あの建物は何ですか」


 小さめの四角い建物を指さし、ファランヴェールに尋ねてみる。屋根にドーム状の構造物が付いたものだった。


「あれは電磁波探知棟だ。同じものが他にもいくつかある。コンダクター養成学校には、必ずあるものだよ。集めたデータは、様々な研究機関へと提供されることになっている」

「ここで研究が行われているんじゃないんですね」

「ここは訓練所のようなものだからね。データ収集に協力することで、政府から助成金が貰えたりするのだよ」


 その分、設備が充実している――ファランヴェールはそう言いたいのだろう。経営には興味がないが、フユにとっては案内される場所のすべてが興味深い。思い浮かんだ疑問を次々とファランヴェールにぶつけたが、ファランヴェールはその一つ一つに丁寧な説明をしていった。


「案内の最後に、エイダー候補たちのトレーニング場をお見せしよう」


 ある程度歩き回ったところで、ファランヴェールがそう切り出す。フユは少し申し訳なさそうな顔を向けた。


「すみません、ファランヴェールさん。私一人の為に時間を使わせてしまって」


 ファランヴェールが軽い笑顔を見せる。


「気にすることは無い。あと、『さん』付けはしなくていい」


 そうは言われたが、フユは少し戸惑いの表情を浮かべてしまった。


「これは、全ての生徒対象に行っていることであって、私の役目でもあるからね。それに初登校がこの時期になってしまったのは君のせいではない。事件に巻き込まれたのは気の毒としか言いようがないが。耳の手術をしたそうだね」

「耳も、ですね。下半身もしばらくは動きませんでした。でも今はほとんど不自由なく動けています」


 フユの言葉に、ファランヴェールが足を止める。


「それはすまなかった。あまり気にせず歩いてしまっていたが」


 ファランヴェールの流れるような両の眉が、眉間へと寄る。その心配げな様子に、フユはすぐさま「もう大丈夫ですから、気にしないでください」と答えた。

 今度はファランヴェールがそれにうなずく。


「君はネオアースでも一二を争うハイレベルな理系の学校に通っていた。お父様のようなバイオロイド研究者になりたかったのではないのかな。なのに、その学校の高等部には上がらず、コンダクター養成学校であるこの学校に編入してきた。もちろんこの学校もいい学校だ。見ての通り、設備は充実している。しかし、ここはお世辞にもレベルが高いとは言えないのだ。確かに長期入院による学習の遅れはあっただろうが、君ならば元の学校でもやっていけただろうし、他にもっとレベルの高い養成学校もあっただろう。それにコンダクターになれば、災害現場はもちろん、君が経験したようなテロの現場にも人命救助のために行くことになる。嫌なことも思い出してしまうのではないかな。それなのになぜ」


 まるで、抱え込んでいた疑問が一気にあふれた出したかのように、ファランヴェールはフユに尋ねた。聞きようによっては、立ち入った話にも聞こえるようなことだったが、ファランヴェールの訊き方に遠慮というものはない。しかしその口調に嫌味はなく、ただ純粋に不思議に思ってのことのように、フユには感じられた。


「えっと、それは」


 フユが答えるのを少し躊躇する。


「フォーワル・ティア・ヘイゼルがいるから、なのかな」


 フユの反応にも、ファランヴェールは容赦なく質問を重ねる。いや、それは確認だったのだろう。フユに関する情報はもちろん学校側に詳しく伝わっているだろうが、ファランヴェールもほぼすべてを知っているようだった。

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