かぼちゃのフルコース
友人からメッセージアプリで「たすけて」と来た。
同じアパートに住んでいるので行ってみると、玄関でスマートフォン片手に膝を着いて、呆然としているところだった。
傍らには、かぼちゃなどが詰まったダンボール。
「え、なに、これ⋯⋯」
「実家から送られてきた」
こんな量食べ切るわけがない、と友人は頭を振った。ダンボールはひと抱えてほどの大きさ。かぼちゃがふたつ、じゃがいもと玉ねぎが、たぶん一キロ。人参もひと袋、小ぶりの白菜がひと株と、野菜がたくさん入っている。野菜をしっかり食べろという親心なのだろう。優しさが詰まっている。
大学生のひとり暮らしで消費しきれる量でないこと以外は。
しかし食材を見てみると、どれも新鮮で食べ応えがありそうだ。料理したら美味しいだろうなと僕は内心わくわくしていた。
「たすけて⋯⋯一緒に食べよう⋯⋯」
「これを⋯⋯!」
絶望的な悲鳴と、嬉しい悲鳴が交錯した。
友人が僕に助けを求めたのはわけがある。僕が飲食店の厨房でアルバイトをしているからだ。自慢するほどではないが、料理は人並みにできる方だ。
対して友人はそれほど自炊するタイプではない。金欠になると、僕の家にもやしを買って来て「なんか食べさせてくれ」と言い出すくらいである(仕方ないからなにか食べさせてやるのだけれど)。袋麺くらいは調理するものの、大量の野菜など無縁の存在なのだろう。
親御さんもなんでこんなもの送ってきたのかと呆れていたら、「自炊してるのかって聞かれて、してるって言っちゃったから⋯⋯」とのこと。うんうん、その気持ちわからんでもないよ、でもな、嘘や見栄で僕を巻き込むのはやめてくれよな。
さてどうするかなぁ、とまず友人宅の冷蔵庫を見せてもらったが、まぁ、自炊しない人間の家に、材料がそんなにあるはずもなく。使いかけの調味料が乱雑に押し込まれているだけだった。
これでは調理のしようもない。
スーパーで食材を買って来て、僕の家で調理を始めた。調理器具も、僕の家の方が揃っているから。
フィクションの世界で、男の一人暮らしの家に来た後輩女子とかが「冷蔵庫の残り物で作りました!」とチャーハンなどを作るのが、どれほど現実味がないかわかる例である。自炊しない一人暮らしの家の冷蔵庫なんか、せいぜい飲み物くらいしか入ってない。およそチャーハンなんか作れないし、この友人に至っては、そもそも米も無い。
ひと通り、頭の中で献立を組んだところで、調理に取りかかる。
まず、かぼちゃはまるごとレンジに突っ込んで柔らかくした。こうしないと包丁で切るのもひと苦労だ。半分に割って、種と綿を取り除いて、皮は、黄色くボコボコしたところだけ切り落とす。
どうにか小さく切り、半分に分けて、鍋に入れて水から茹でる。残りの半分の半分を、耐熱容器に入れてレンジにかける。
レンチンが終わったらマヨネーズと塩コショウを振り、シリコンのヘラで軽く潰しながら混ぜる。
一品目、かぼちゃサラダの完成。こっくりとした黄色と、皮の緑のコントラストが美しいひと品。
そうしている間にかぼちゃが茹で上がったのでザルに空ける。簡単に潰せるくらいの、いい柔らかさになった。
次は時間のかかるものから先に手をつける。かぼちゃを潰し、人参をすりおろし、ヨーグルトと卵を加えて混ぜる。そこにホットケーキミックスを、ダマにならないように混ぜる。
要らないチラシと、クッキングシートを重ね、クッキングシートが内側になるように横長の箱を折って、出来たタネを流し込む。レンジのオーブン機能を使い、余熱して、タネを焼く。これはしばらくかかるので、その間に別の料理を作る。
次は野菜の大量消費をしよう。じゃがいもと人参を一口大に切り、深型のフライパンで炒める。じゃがいもが透き通ってきたら、分けておいたかぼちゃ、玉ねぎと白菜、買ってきたしめじを加えて、油が馴染むように炒め、水を加えて煮込む。火が通ったら、固形コンソメと、小麦粉を溶いた牛乳を加えてさらに煮込む。
二品目、かぼちゃのシチューの完成。寒い冬に身体が温まるひと品。
三品目はメインディッシュといこう。
じゃがいもは皮を剥いてスライスし、油を引いて塩コショウを振ったフライパンに広げ、強火にかける。
焼き色がついて、じゃがいも同士がくっついたらひっくり返す。ケチャップを塗り、薄切りの玉ねぎとウインナー、シュレッドチーズをふりかけ、蓋をして蒸し焼きにする。
チーズがとろけ、芋に十分火が通ったところで、皿に移す。
三品目、じゃがいもピザの完成。焼き付けた芋の香ばしさと、ケチャップの甘みが程よいひと品。
出来た物から友人に運ばせ、二人では食べ切れないから他の友人も呼んだ。
フットワークが軽く、腹を空かせた二人の友人が新たにやって来たところで、電子レンジで焼いていたタネが出来上がった。
「いい匂い!」
発端の友人が目を輝かせる。
僕は得意になって、レンジから紙型を取り出して見せた。
「わ、ケーキ?」
「そうだよ」
生地の仕上がりはやや重たい。パウンドケーキのように横長のそれを、薄く切って皿に盛り付ける。
四品目、かぼちゃのヨーグルトケーキの完成。冷やして食べても美味しいだろうから、これは食後のデザートに取っておく。
あとは、四人がかりで大量の料理を食べ終え、残った野菜も数日かけて使い切った。
こうして、友人の仕送り騒動は幕を閉じた――――
――――かに思えた。
翌月。
「助けて⋯⋯」
友人が段ボールを抱えて我が家にやってきた。
「⋯⋯え?」
「親がまた野菜送ってきた」
段ボールを覗き込むと、今度は大根を筆頭に、またまた野菜たちがどーんと鎮座している。
「野菜高いのに有難いことだね、じゃあ!」
アルバイトから帰ったばかりの僕は、そう言って玄関のドアを閉めようとした。
だが、段ボールを挟みこまれ、呆気なく防がれる。
「これらを料理してください!」
「自分でやって!」
「俺は食べるのと洗い物専門です!」
「自炊も頑張って!」
「無理無理!」
「なんでまた野菜が届いてるんだよ!」
「先月のかぼちゃのフルコース、写真撮って送ったら親喜んじゃった!」
「そりゃあよかったね!」
「自炊頑張ってえらいねって言われて引き下がれなくなった!」
「えらいの僕じゃないか!」
「そうだよお前はえらいよ!」
「まさか自分で作ったって言ったのか!?」
「そうだよ!」
「なんてことを!」
⋯⋯結局、断りきれなかった僕は、大根のフルコースを作るはめになったのだった。
《続く?》
2020/12/21
冬至なので柚子湯もいいですね。
あと「1221(ワンツーツーワン)」で承久の乱を思わせる良き日です。