1-8 ジャックの強さ
ダンが森に行ったかもしれない。
そう考えた後のジャックの行動は迅速だった。
すぐに準備を済まし、家を飛び出しまっすぐ森へと入っていった。
リントウの自生地に着くのはジャックの足だとそう時間は掛からない。
しかも昨日一度行ったことがあるため、より効率良い、より最短の道を選ぶことができた。
時には獣道を通り、時には木に飛び移りまた別の木に向かって飛び、ほぼ一直線にその場所に向かう。
その道中でジャックの考えることは、
(俺の杞憂だったらいいが……)
自分の心配がただの思い違いであることを願うこと。
そして
(それでも……なんでこうなることを予想できなかった!? ダンが冒険者になりたいと思っていたのは知っていたのに……)
ダンの行動を予想できなかった自分に対する怒りだった。
(ダンが卵を持って森に向かったのなら、リントウの力で卵を孵せると考えたからだ。だがそれを俺に言わなかった……! その理由は1つしかない……!!)
今森に出ることが危険であることをダンにもう少し強く言っていれば、ダンが早朝姿を消すなんてことはなかったかもしれない。
自分がもう少しダンのことを気にかけていれば、ダンが家から出る前に止められたかもしれない。
「クソッ……!!」
歯を食いしばりながらも全速力でリントウの場所まで走る。
自責の念に駆られながらも、ジャックがリントウの自生地に着いたのは昨日よりも早く、ダンが家からその場所に着くまでの時間の半分くらいの速さで着くことができた。
リントウの周りに生えている森の木の上に立ち、木の幹を右手で掴んでバランスをとる。
息をはぁはぁと吐きながら、桃色の草原を注意深く眺めダンを探す。
大声を出してダンを呼ぶわけにはいかない。
この草原には刺激してはならないこの森の王がいる。
もしダンがいなかったら、その銀狼を無駄に刺激してしまうことになる。
木の上に立つのも地上から探すよりも比較的安全で効率的だと考えた結果だ。
唾を飲み込み、リントウの自生地全体を見渡すと、一部箇所が茶色くなっているのに気付いた。
いや、リントウが茶色くなっているわけではないようだ。
その場所を注視して――漸く気付いた。
「ダン!!」
思わず叫んでしまった。
茶色くなっているものの正体、それはダンの髪の色。
木から降り、その茶色くなっている場所に全力で向かった。
その場所に着くと、ダンはうつ伏せに倒れている。
「おい……ダン!? 大丈夫か!?」
ジャックはその場にしゃがみ、ダンを抱きかかえる。
服はリントウの葉と土で汚れている。
腕や足はどこかで転んだような傷や何か強い衝撃を受けたかのような怪我でボロボロだ。
顔は何かに叩かれたかのように腫れている。
「おい! ダン!?」
呼びかけに反応しなかったのに不安を覚え、ダンの顔を軽く叩きながらもう一度呼ぶ。
その呼びかけに反応し、ダンは閉じていた目を薄っすらと開ける。
「…………ジャ……ック…………?」
「ここで何があったか話せるか?」
ボロボロでありながらもダンが生きていたことに軽い安堵を感じながら、ジャックは出来るだけ優しくダンにそう問いかける。
「…………ッ!?」
しかしダンは状況を説明しようと口を開こうとするとどこかが痛むのかうめき声を出す。
ダンが会話するのが難しい状態だと判断し、ジャックはダンを抱えながら辺りを見渡す。
ダンの近くには卵が転がっているのが見えた。ちゃんと見たわけではないが、割れている、というわけではなさそうだ。
またダンが持ってきたであろうリュックサックは中身が散乱し、リントウの草原の端にあるのが見えた。
…………そして……
「グルルルル……」
その転がっているリュックサックの近くにこちらを真剣な眼で見据え、牙をむき出しにしているシルバーウルフが伏せているのが見えた。
「…………あいつか……」
どういうことが起きたのかはわからない。
だが、今の時期はシルバーウルフの繁殖期で気性が荒い。
そしてその時期に、あいつがここにいる。
状況証拠でしかないが、ダンをこんなにした奴の正体はおそらくあの威嚇をしている銀狼で間違いないだろう。
ジャックは抱きかかえたダンを地面にゆっくりと寝かすと、
「もう少し辛抱していろ。今、あいつをやっつけるから」
と立ち上がり、シルバーウルフのほうを見ながら腰に身に着けたナイフを引き抜いた。
ダンは、シルバーウルフのほうを見ているジャックに気付き、
痛みに苦しみながらも慌てたように起き上がろうと、声を出そうと、する。
「…………ゔ……」
しかし痛みが酷くて起き上がることもできず、声を出すこともできない。
唯一できたことは仰向けになっていた体をうつ伏せにすること。
「俺を心配してんのか?」
ジャックはダンの行動に気付き、安心させるかのように不敵な笑みをこぼす。
「安心しろ。俺はあんな奴に負けないから」
基本群れで行動するシルバーウルフ。だが繁殖期となると一匹になることも多いと聞く。
群れを倒すとなるとかなり苦労しそうだが、一匹ならばすぐに倒せそうだ。
(――懸念があるならば……)
とジャックは表情とは裏腹に葛藤があった。
繁殖期にここにいるのだ。
あそこにいるのは母狼で、もしかしたら近くに子がいるかもしれない。
シルバーウルフは頭も良く義に篤い獣だ。
(もしあいつを殺すなら……子もすべて殺さなくては……)
子狼が大人になった時、人間に復讐する可能性がある。
そういった憂いはすべて払う必要がある。
(胸糞悪い仕事だが……人間を襲った獣を生きて逃がすわけにはいかない…………)
ジャックはナイフを握り直し、今もなお威嚇をしているシルバーウルフを退治するべく構えをとる。
「……ま……ッ!」
ジャックの後ろでダンは痛みに耐えながらも何かを言おうとしている。
だが痛みで何も発することができない。
「大丈夫だ……すぐに終わる」
冷たくそう言い放ち、ジャックは目の前の敵に集中する。
シルバーウルフの足元のところに着くまでに本気を出せばここからおそらくコンマ2、3秒。
その間でシルバーウルフが起き上がることはない。
その瞬間に喉元に向かってナイフを一振りさせ、絶命させよう――。
「ジ…………ク……ッ!!」
そうやってジャックが考えている間も、ダンはひたすら何かを言おうと声を発している。
その気配を感じながらも、すぐに狩れるように集中力をあげる。
「これが一番、楽に死なせてあげられる方法だ……悪く思うなよ」
そしてジャックはシルバーウルフの元へ向かおうと足に力を込めた――
瞬間――!!
「ま……ッ! …………待っで!! ジャック!! 後ろ!!!!」
痛みに耐え、振り絞った大声でダンは叫んだ。
その声に反応し、ジャックは後ろを振り向くと
「シャアアアアアアッ!!!!」
目の前にジャックの体3つ分はある黒い大蛇が大きな口を開け、ジャックを喰らおうと襲ってきていた。
反射的に、ナイフを逆手に持ち直し襲ってくる大蛇の牙に刃を当てガードした。
さらに勢いを殺すため、後ろに飛び距離をとった。
「…………こいつは……!?」
全ての動作を反射的に行っていたため、襲ってきた奴の正体が一瞬分からなかった。
だが距離を取ったことにより、その大蛇の全貌を見ることができ、そいつの正体がわかった。
「村の倉庫を襲った蛇……!?」
その大蛇は以前、村の倉庫に侵入しリントウを食い尽くした大蛇――
「いや……違う。あれは俺が駆除したはずだ」
だがよく似ている。
しかもこの蛇の方が大きい。
今、この場にはいるこいつは、倉庫を襲った蛇と同種なのだろう。
そういえばシエド村の誰かが言っていた。
この蛇は、リントウも食べるが雑食で、特に産まれたばかり獣の子を好んで食べるらしい。
だからなのか、この蛇はリントウの近くで母親が子を産むのをリントウを食べながら待ち、産んだ瞬間にその獣を襲うという習性があった。
そんな蛇が今、ここにいる。
その理由は明確だ。
そういえば、後ろで微かに犬の産声が聞こえる。
そういえば、あのシルバーウルフはただ威嚇をしているだけでこっちに攻撃しようとはしていなかった。
「…………もしかして……俺は何かとんでもない思い違いをしていたのか…………?」
リントウの自生地に来てから今までのことを思い出してみる。
(ダンはどっち方向に倒れていた?)
足をシルバーウルフの方へ向けていた。
頭はその反対の方向だった。
(シルバーウルフに何か違和感はなかったか?)
あったかもしれない。
あいつの牙にも爪にも血が付着していなかった。
ジャックが銀狼に気付いてもただ威嚇していただけだった。
それなのに臨戦態勢というわけでもなかった。
(ダンは何か言おうとしていなかったか?)
言おうとしていた。
そしてジャックに『後ろ!』だと注意を呼び掛けていた。
それによってジャックは蛇の存在に気付けた。
(じゃあダンは何故蛇に気付けた?)
蛇の存在をジャックが来る前から知っていたからかもしれない。
(ダンはいつから蛇がいることを知っていた?)
そこまで考えを巡らせて、漸くある一つの解に行き着いた。
「もしかして…………ダンはシルバーウルフをこの蛇から守ろうとしていたのか?」
それは考えてしまえば至極単純なこと。
全てに辻褄が合う結論だった。
「ッ――……この蛇が――――あの狼の子を……食べようとしていたんだ――――ッ!」
精一杯の声でダンは必死な思いを呟く。
「けど……あの狼動こうとしなかった!! きっと赤ちゃん産んですぐだったから疲れていたんだ……!」
声を張り上げるだけで痛みが走り、痛さで涙が零れ落ちてくる。
でも伝えないと! 訴え掛けないと!
「だから……ぼくが守ろうって――! でも…………狼守るだけだと卵食べられちゃうと思って――!」
だから卵を抱えながら木の棒を武器に掲げて、目に涙を溜めながら震える足を鼓舞しつつ、母狼と蛇の間に立った。
だが蛇に一瞬で返り討ちにあって、それでも守るために何度も立ち上がって――!
ふとダンの頭に何か柔らかい感触があった。
ジャックが蛇を警戒しながらもダンに近づき、その頭に手を置いていた。
その感触にハッとなりダンはジャックを見つめると、――ジャックは笑っていた。
「大丈夫だ。すぐに終わる」
同じセリフをもう一度言う。
今度は柔らかく安心感があった。
「……うん……!」
ダンが泣きそうな声で、辛うじて声を出し顔を下に向けるのを確認すると、ジャックは蛇を睨みつけ立ち上がった。
だが蛇の興味はもはや目の前のジャックではなく、シルバーウルフの子であった。
ジャックに目もくれず一目散に狼の元へ向かおうとしていた。
それを見逃すことはできない。
ダンが守ろうとしていたものだ。
ジャックは蛇の進路の先に立ち、蛇の鼻先をナイフで切り付けた。
「シャアアアアッ!」
切り付けた痛みで叫び声を上げ、ジャックを認識すると反撃するように大口を開けジャックを喰らおうと襲う。
それを予測していたかのようにジャックは蛇が体勢を上げた瞬間には蛇の喉元へ駆けつけていた。
蛇にとったらジャックのその行動は一瞬消えたように見える。
その一瞬の怯みの隙にジャックは蛇の喉を数回切り付けた。
「シャアアアアッ!」
また叫び声を上げ、今度は敵を潰そうと地面に体を叩きつけるが、ジャックはもういない。
既にジャンプし、蛇の首を掴んで上に乗り、首を足場に真上に飛んでいた。
「これで終わりだ」
冷静に淡々とそう叫ぶと、ナイフを下に向け、蛇の脳天目掛けて全体重かけてのしかかった。
蛇の頭にナイフが刺さり全身がもがき苦しむ動きをするが、すぐに止まった。
動きが止まるとジャックは順手に持ち替えナイフを引き抜いた。
斜め下に振り下ろして血を飛ばし、腰にある鞘に収めた。
一瞬で勝負が決まった。
それはほんの数秒の出来事だった。
だけどダンの目には鮮烈に焼き付いた。
自分が戦ってもビクともしなかった強敵をジャックはこうも簡単に片付けてしまった。
自分が守りたかったものをジャックはこうもあっさりと守りきった。
その強さに何も言うことができなかった。
一仕事終わらせたようにジャックは首に手をやり、ふーっと息を吐いた。
そしてダンの元へ歩いて行くと、
「……帰るぞ」
ただ遊びに行っただけの子供を連れ戻すかのように普通にそう言った。