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1-7 ダン・ストーク②

 村の奥の森。

 そこは子供だけで入るのを禁止されている場所だ。

 シエド村にとってこの森は日々の生活に必要不可欠であるが危険な生物も多く、自分の身を守る術のない者を歩かせるわけにはいかない。


 しかし実のところ、ダンはこの森に何度か遊びに入ったことがある。

 禁止と言われると入りたくなるのは子供の性。

 それに行動力もあった。

 大人の目を盗んで、入り口を通り森に入るのはスリル満タン。

 さらにその森も大人の目が入らず、絶好の秘密の遊び場だった。


 とはいっても、ダンが遊び場として使っていた範囲はそんなに広くはない。

 夕飯前に家に戻らないとキャロラインに怒られるから、せいぜい村の入り口が見え隠れする程度の距離。



 つまりリントウの自生地まで行くというのは、子供のダンにとったら壮大な冒険を感じずにはいられないわくわくするものだった。


「ふーんふふーん」


 鼻唄混じりに、リュックサックを背負い、木の枝を持ってずんずんと進んでいく。


 早朝ということもあって、空気が澄んでいておいしい。

 木の枝で近くの葉を叩くと朝露が弾け、虹が薄っすらとかかる。

 耳をすませば小鳥のさえずりや小動物の動く音が聞こえる。


 その全てが楽しく、感動があった。



(こんなに奥の方まで行くのは初めてだ!)


 辺り一面全てが新鮮で、頬が上がるのを抑えることができない。



「あ!」


 そんな時、ダンはあるものを見つけ思わず声を上げる。

 その視線の先には、ひらひらと空中を綺麗な白色の羽根を羽ばたかせながら不規則に舞う何か。


 チョウだ。


 それに追いつくため、ダンは走り出す。

 追いつくと、チョウはダンを避けるかのようにダンの頭上に舞い上がった。

 チョウを追いかけるようにダンの顔も上を向き、そのチョウが左右上下に動くのに合わせてダンの足は踊るように足踏みする。


「リントウチョウだ!」


 リントウチョウ。

 その名前の通り、リントウの花の蜜が好きなチョウ。

 このチョウは幼虫のときは森の木の葉を食べて育つが、成虫になるとリントウに向かう習性がある。


 リントウチョウについて――どこで知ったのかは覚えていないが――ダンは知っていた。

 ダンは何も算段がなく森に向かったわけではない。

 習性を利用してリントウチョウについていけば、リントウの場所まで行くことができるという目論見があった。


 尤も、リントウの自生地より遠く離れた場所で、成虫になったばかりのリントウチョウを発見するというのは稀である。


 ダンがこのチョウを見つけたのはただの偶然で運が良かっただけなのだが、ダンは自分の作戦が上手くいったことに満足そうな顔をする。


「このチョウに着いていこう!」


 そうやってチョウがリントウに向かうのを見て、ダンは再び歩き出した。







 しばらく歩いていると微かに甘い匂いを感じた。

 リントウに近づいている証拠だ。

 リントウチョウに着いてきたダンはその匂いがする方へ駆け出し、ひらけた場所に出るとすぐに立ち止まった。


「…………すごい……!」


 立ち止まった理由は思わず出てしまったその言葉通り。

 視界に入った桃色一面の草原に圧倒されたからだ。

 その場所は広場というのに相応しいくらいの空間があり周りは森の木々に囲まれていた。

 その空間の中で咲き誇っているリントウは日の光に反射して輝き、風に揺られ濃くなり淡くなりを繰り返していた。


 ダンがここの場所まで来るのに頼りにしていたリントウチョウは――ダンがその場所を見て感動している間に――ダンの横を通り蜜を吸おうとまっすぐリントウに向かっていった。


 ダンもつられるようにその空間に足を踏み入れた。

 一歩一歩花を潰さないように慎重に入っていく。

 ある程度中へ入ると、ダンは後ろに背負っていたリュックサックを下ろし、その中身を取り出した。


 ジャックから渡された何かの卵。

 タオルや毛布で大事そうに包まれたそれは依然変わらず反応がない。


 だがここはリントウの自生地。

 森の草原と言えるほど、広大に生えている。


 もちろんリントウの量に依って効果が変わるとは限らない。

 しかしダンは


(こんなにリントウがあるんだ! ここにこの卵を置いていれば絶対に反応がある!)


と包まれた毛布を外し卵をそっと置いた。


 意気揚々と反応を期待して待つ。


「何が出てくるかな!?」


 鳥だろうか。

 ワニだろうか。

 トカゲだろうか。


 はたまたドラゴンだろうか。


 期待を膨らませて、より効果が出るようにと生えているリントウを卵に覆い被せる。



「あ!!」

(そうだ!)


 思い出したかのように声を上げると、ダンは卵の近くに生えているリントウを採取しようと手を伸ばす。


「待ってる間にリントウのとこに行った証拠を採っとかないと!」


 ここに来た理由は卵を孵すという目的の他に、ジャックに認めてもらうという至極重大な作戦もあったからだ。


 その作戦を成功させるためにも、自分がリントウの自生地に行けたことを示さなければならない。


「これさえあれば、ジャックも認めてくれる!」


 得意げな顔をして、リントウを根っこから引き抜きリュックサックへ入れていく。


 引き抜く度に甘い匂いが漂ってくる。

 引き抜いては入れ、引き抜いては入れ、

 あと少しでリュックサックが満杯になるところまで入れ終わって――




 そこで漸く気づいた。



「…………グルルルゥゥゥ……」



 ダンの後ろで微かに唸り声がしているのを……。

 反射的に後ろを振り向いた。


 ダンはすっかり忘れていた。

 何故、今、実力のある者しかここに来ることが許されないのか。


 ダンは気づかなかった。

 ここに入った所のすぐ近くの木に真新しい縄張りの印があったことを。

 リントウの草原に夢中で、ここに入ってすぐ真隣にこんな巨大な奴がいるのを。




 白銀の美しい毛並みをしたそいつは伏せながらも、ダンの方を見据え牙をむき出しにし威嚇していた――――


★★★


「ダンが消えた!?」


 そのことをジャックとキャロラインが把握したのは、朝ごはんの支度が終わりキャロラインがダンを呼びに行った後のことだった。


「えぇ……ダンの部屋を見てきたけど、どこにも……」


 いつものようにキャロラインはダンを呼ぶが、反応がない。

 仕方なくダンの部屋まで呼びに行ったが、ベッドにはダンの姿はなくどこを見渡してもいない。


「他の部屋にいるんじゃないのか?」


「それも考えたわ。でもどこ探してもいないの」


 自分の部屋ではなくどこか別の部屋に隠れているかもしれない、と考えすぐに全ての部屋を見て回った。


 だがダンは家のどこにもいない。

 結局、居間にいたジャックにそのことを報告したのだった。



「…………今までこんなことあったのか?」


「いいえ、なかったわ」


 キャロラインの声色は動揺こそしているが、あまり切迫した様子はなかった。

 ダンが家の中にいないとは言え、今は日も昇っている。

 昨夜は珍しく早く寝ていたようだし、もしかしたら朝早く目覚めてしまって暇だからとどこかに遊びにいったのだと、楽観的に考えていた。


 だがジャックは

(何か嫌な予感がする)

となんとなく胸騒ぎを覚えていた。


 それがなんなのかはよくわからない。

 それに違和感も同時に感じていた。


 こういう時の勘はだいたい当たる。

 冒険者界隈での常識だ。



「昨日ダンの様子で気になることなかったか?」

「昨日? 珍しく早く寝たなぁ~以外は特になかったと思うけど…………」


と言いながらもキャロラインは昨日の出来事を順に思い出してみる。


 昨日は最近の中でも特に忙しかった日だった。

 朝起きてお昼ごろまではいつも通りだった。

 午後にアルキとカルアが来て、リントウがなく大慌てでジャックの元まで駆け込んだ。

 その後診療所に急いで戻ると、ジャックが戻ってくるまでカルアの容態を診たり、動揺していたアルキを励ましたりしていた。

 ジャックが戻った後はリントウを原料とした薬を作ってカルア達の子が無事産まれると、その子の診察をし、家に帰ったのは夜遅く、既にダンは寝たとジャックに聞いた時だった。


 そんな慌ただしい1日だったし、だからかもしれないが、昨日のダンに気になった様子はなかった気がするが…………――――


「…………あ」


 ふと思い出した。


「そういえば、ジャックがリントウを採りに行った後、ダンが頻りににリントウのことを聞いていたわね」


「…………何?」


「リントウの性質がどうか~とか、その場所が実力のある冒険者しかほんとに行けないのか~とか。ダンもリントウのことは知っているはずなんだけど、確認するように――――」



 椅子がひっくり返る音がした。

 ジャックが慌てたように立ち上がったせいだ。


 キャロラインのその言葉を聞いた瞬間、漸く違和感の正体にジャックは気付いた。


 気付いてしまった瞬間、ジャックは慌てたように出掛ける支度を始めた。


「き……急にどうしたのよ……!?」


 キャロラインはジャックのその切迫した行動に驚きしどろもどろにその行動の意図を聞いた。


 ちょっと出掛ける支度にしては重装備で、昨日森に出るのと同じような準備をしている。


 装備を整えつつ、ジャックは極力冷静にキャロラインの質問に答える。


「ダンが森に行ったかもしれない」


「え!?」


「いや、杞憂だったらいいんだ。だがもしそうだったら手遅れになる」


「でも…………どうして……?」


 その疑問にジャックは答えるかのように居間の一ヶ所を指差した。

 その方向には何もない。


「あ…………」


 『何もない』からこそおかしい。

 その空間にはここ数ヶ月ほど置いてあったはずの物――卵がなくなっていた。


「…………まさか!?」

 キャロラインも漸くジャックの懸念に気付き、顔を青ざめた。


「いや……まだ確定したわけじゃない」


 ジャックはキャロラインを安心させるかのように――それとも自分の予想が外れるのを願うかのように――そう言い聞かせる。



「とにかく、森に一度出てみる! キャロは家に居てくれ。ひょっこりダンが戻ってくるかもしれないからな!」


 装備を整え終えると、ジャックは愛用のナイフを持ち家から飛び出した。

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