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1-6 ダン・ストーク①

 ダン・ストークは両親の顔を知らない。

 物心つく頃には既に彼の両親はこの村にはいなかったからだ。

 彼の家族といえるものはこの村ではキャロラインただ1人だった。


 だからといってダンが悲観的になっているかというとそうでもない。


 なぜか、と聞かれるとその理由は数多く存在する。


 ダンの性格が元々明るく、親がいなくとも不自由に生活ができていたから。

 村でダンと同世代の子がおらず、普通の家族の生活というものを知らなかったから。

 村の住民も気さくにダンに話しかけたりキャロラインを気軽に助けたりと2人に対する十分な配慮があったから。

 キャロラインがダンを置いていった自身の義兄や姉に対する憤りや様々な葛藤をダンの前では見せなかったから。


 そしてなにより、彼女がダンをしっかりと育ててきたからだ。


 そういった様々な要因が影響し、ダンは両親を知らずとも性格が捻くれることもなく健やかに成長していった。



 そうはいっても自分の両親のことが気にならないということはない。

 だから昔聞いたことがあった。


「なんでぼくにはお母さんやお父さんがいないの?」


 その質問をしたのは、特にこれといったこともないいつもの日常だった。

 ダンがそれを聞いた理由にも特に他意はない。


 なぜ空は青いのか。

 なぜ息ができるのか。

 なぜ鳥は飛べるのか。

 といったふとした時に『そういえばなんでだろう』と思って質問をした時のような感覚に似ている。


 つまりちょっと気になったから質問してみたという日常のおしゃべりをする気持ちで聞いたのだった。


 しかしその質問を受けたキャロラインは

「……ごめんね……」

と言った。


 その表情はとても申し訳なさそうにしていた。

 何故、そんなことを言ったのかは今でもわからない。

 ただその表情を見たとき、

(あぁ。これは聞いてはいけない質問だったんだ)

と子供ながらに理解した。




 しかしその後すぐにその考えは改められることになる。


 ごめんね、と言った直後、キャロラインはダンの両親について語った。




 子供のとき、姉のスーザンと仲が良かったこと。

 キャロラインが成人を迎えたとき、スーザンが急に旅立ってしまったこと。

 それから5年後、バルト・ストークを連れて帰ってきたときのこと。

 バルトとスーザンが結婚したこと。

 ダンが両親から祝福され産まれたこと。

 そしてその後、バルトとスーザンが旅立ってしまったこと。





 話をしている全ての時間、キャロラインはとても穏やかで懐かしそうにしていた。

 最後にキャロラインは言っていた。


「ダンにはすごく申し訳ないことをしたと思う……けどお姉ちゃん達はまた出て行くのをすごく悩んでいたし、決してあなたを見捨てて出ていったわけではないことをわかってほしい」


 その表情は先程、謝罪してきた時とは打って変わって穏やかだけどどこか強い意志があるような気がした。




 だから逆に興味を持った。

 キャロラインが自分を置いていくのを許すほどだ。


 そこまでしてやる冒険とはどれほどのものなのか。


 これが最初に冒険者に興味を持った経緯だ。



 それからというもの、シエド村に来た冒険者にくっついてはその冒険譚を聞いた。

 彼らの話はとても面白かった。

 白熱したし、ワクワクもした。


 もちろん楽しいことだけじゃないということも教えてくれた。


 だけど彼らの話全てに強い関心をダンは示していた。


 気付くと、その内容を元に毎日夢想するほどに。


 そして次第に最初抱いた興味は憧れへと変わっていった。





 そんな冒険者に憧れを日々強めていっている少年にある出会いがあった。


 ジャック・ブルーランド。


 彼はウィールド王都から来た冒険者であり、ダンの親、バルトとスーザンの知り合いだという。


 憧れの冒険者。

 知り合った中でも一番強く逞しい。


 それどころか自分が知らない親のことを知っている人物。


 慕わないはずがなかった。




 だからある日。


「ねぇ! お父さんとお母さんってどんな人だったの!?」


 自分の好奇心に従って、ジャックにそう質問するのも無理はなかった。


 ジャックもそうやって尋ねてくる腐れ縁の息子に拒絶することなく、むしろ快く彼の両親について語った。




「お前の母、スーザンとは短い付き合いだが、冒険者とは思えないくらいとてもほのぼのした人間だった」


「ほのぼの……?」


「あぁ。最初に出会ったのはどっかの町の冒険者ギルドだったが、その時は冒険者とは思わなくてな。俺もバルトもただの受付の人だと思っていたんだ」


 懐かしそうに目を細めてジャックは語る。


「だが違った。スーザンは冒険者だった。それを知ったのは偶然にも同じ迷宮を入ったからだ。あのほのぼのした嬢さんがまさか冒険者だと思わなくてな。バルトと2人でびっくりしたのを覚えてるよ」


「へぇ~!」


「戦い方もまるで未来が見えてるんじゃないかってくらい美しく無駄がなくて踊ってるようでな。その姿を見たバルトが惚れて、猛アタックしまくっていたのに、まるで相手にされていなかったのを今でも覚えてるよ」


と自分の友人のちょっと恥ずかしい話をその友の息子に伝え、悪戯成功と言った風にほくそ笑む。



「ぼくのお父さんはどんな人なの!?」


 そんなジャックの思惑を知らずか、純粋な目で自分の父のことについても聞く。


「バルトはな……スーザンとは反対にガキの頃からの腐れ縁だ。好奇心旺盛で何事にも首を突っ込みたがるトラブルメーカーだったな」


 ジャックはダンを見つめるとダンの頭に手を置き、


「好奇心旺盛なところはお前に似ているよ」


と小さい頃の幼馴染をアルバムで見るかのようにダンを眺める。

 きっとダンの顔立ちも小さい頃のバルトに似ているのだろう。


「お父さんも冒険者なんでしょ!?」


 自分の父がどんな性格だったのか、気にはなるが、ダンのもっぱらの興味は冒険者としてだ。


 そしてダンに急かされるように話は冒険者としてのダンの父の話題に移り変わる。


「冒険者としてだと……そうだな……一言で言うなら――――魔法使いだな」


「魔法使い!?」


 子供にとったらその言葉は好奇心の対象であり、そわそわしてしまう。

 ダンもその例に漏れず目を輝かせた。


「この世界では、自称魔法使いと謳っている奴は多くいるが、本物と言われたらそんなに多くいない。その中でも、バルトは突出した才能を持っていたな」


「魔法使いってほんとにいたんだ!?」


 魔法使い。

 その言葉をダンは御伽噺でしか聞いたことがなかった。

 魔王を倒すため勇者と共に立ち上がった超常を操る者。

 そのような者が本当にいるとは思いもしなかった。


「もちろん、御伽噺に出てくるような呪文を唱えて魔術を扱う人はいない。が、魔法使いは確かに実在する。ダンもいつか旅してみれば、どこかで出会えるかもしれないな」


「じゃあ今から連れてってよ!」


「ダメだ」


「えーなんでさ!――」


 そしていつものように――――。

 ダンの冒険に連れていけというお願いに、あの手この手を使ってはぐらかす、という押し問答が繰り返されることになる。




 そして、この話をした辺りからダンの憧れは本格的に夢に変わっていった。――――冒険者になりたいと。








 だからリントウの話を聞いた時、心が踊った。


 冒険者になりたい。

 それを最も早く叶える方法はジャックに連れていってもらえることだ。

 自分一人では必ずキャロラインら大人たちに止められるが、あんな強い人と一緒に行くならば許可が下りるに違いない。


 だがジャックは、ダメだ、という。

 なぜダメなのか。

 ジャックはその理由をはぐらかそうとしているが、ダンにはわかっていた。


 自分が子供だから。

 弱そうに見えるから。


 その理由を覆すにはジャックに認められるような何か功績を挙げなければならない。

 どうやったらジャックに認められるのか。



 一方で、ここ数ヶ月近く反応がない『父母の土産』があった。


 この中身もダンは気になっていた。


 どんな生物がこの中にいるのか。


 だが、数ヶ月近く観察しても、調べても何も手がかりがない。

 どうやったら孵すことができるのか。



 その2つを同時に解決するかもしれない道しるべがリントウだ。


 キャロラインは言っていた。


 リントウは子を産むのを助ける特効薬である、と。

 現在のリントウの自生地には実力のある冒険者しかいけない、と。



 ここに行けば、卵が孵るかもしれない。

 ここに行けば、ジャックに認められるかもしれない。


 しかし、その旨をキャロラインやジャックに言えば『絶対に行くな』と止められる。




 ダンはそう考えると、ミルキーが誕生した翌日の早朝。

 皆が寝静まっているのを確認した後、こっそりと卵を持って森へと向かっていった――――。

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