4-20 棍棒のギフト
「――これで終わりだ!」
「グハァ!」
悲鳴と共に打撃音が鳴り響き、岩壁へ男が吹っ飛んだ。
ズルズルと重力に従い、倒れこむ男を見て、ダンは「よし」と振り向いた。
「終わったぞ。リオト、ウィー」
「――あぁ」
とダンの呼びかけに応じて、リオトも剣を鞘に収める。
「こっちもちょうど終わったところだ」
「ウィー!」
ダン達の周りでは、野盗達が地面に突っ伏しているのが見える。
野盗のアジトを襲撃してからそんなに時間が経っていなかった。
ステラ達がすぐに解毒薬を回収し、駆け足でジームに戻れば、充分間に合う。
「案外、楽に終わったな」
「昨日俺達が伸した相手だ。一日で強くなるはずもない。ジームの役人、護衛がやられたのは完全な不意打ちだったからだろうな」
「それもそうか」
リオトの見解にダンは納得すると、倒れている野盗の側でしゃがみ込み、持っていた剣を持ち上げた。
「それにしてもすげぇ良い武器だな。こんなの持っていたっけ?」
その剣は光沢があり刃こぼれもない。ダンでも高級品だと一目でわかる程の代物だった。
昨日の野盗達が持っていたような曲刀とは雲泥の差だった。
「おそらくだが……ウェザーが渡したんじゃないのか?」
「ウェザーが?」
「あぁ……ウェザーは本気でジームを潰そうと考えている。野盗が持っている理由がそれ以外には見当たらない」
「…………とすると――」
ダンは興味深そうにアジトの方を見ると、
「もしかして、シー玉とかも渡しているんかなぁ?」
神の恩恵――ギフトを齎すシー玉。
通常武器よりも遥かに強いそれが野盗の手にあるとするならば、こうも簡単にはやられないだろう。
リオトは「まさか」と目を丸くして否定する。
「あれはとても貴重な代物だ。野盗にほいほいと簡単に渡せるようなものではない。いくらなんでもあり得ない」
「……それもそうか」
とダンは気がそがれたように無表情になり、剣を投げ捨てる。
レン曰く、『好奇心馬鹿』のダンのことだ。
野盗達がどんなギフトを顕現するのか、非常に興味があったのだろう。
そんな思いがひしひしと伝わったリオトは苦笑いしつつ、話を変えることにする。
「――それよりもこのままステラ達が出てくるのを待つか?」
「ん~。ここで待っていても、仕方ないし、アジトの中にはまだ敵がいるかもしれないからな」
ダンは立ち上がり伸びをしてから、リオトの方に笑みを返すと、
「俺達も中に入ろうぜ」
「そうだな」
とリオトも剣の鞘を持ち直して、アジトの入り口を見つめる。
そして、入ろうと向かった矢先、
――ドシン……
重厚で何かが崩れたような音がリオトの耳に微かに入ってきた。
「……何か変な音しないか?」
「音?」
耳を澄ませてみれば、確かに聞こえる。しかもどんどんと大きくなる。
音が大きくなるにつれ、アジトの岩壁が揺れ、パラパラと砂が落ちているのがわかった。
そして――、
「――兄ちゃん!」
音が最大となった瞬間、アジトからレンが走り出てきた。
「レン!?」
同時に、
「待てぇ〜! このガキィ!」
轟音と共に入り口の壁面が大男の棍棒によって砕かれる。
「な、なんだありゃ!?」
ダンは驚嘆の声を上げ、その状況を理解しようとする。
逃げるレンに襲い掛かっている大男。
ゴツゴツとして子供の頭だったら握りつぶせそうな程、大きな手。地を踏むごとにこっちにも揺れが伝わりそうな程、大きな足。
額には真新しい痣が浮かび上がっていた。
そして何より大男が握っている巨大な棍棒は一発でも当たったら吹っ飛ばされそうな程、殺傷力がありそうだ。
「ちょろちょろと逃げやがってぇ~!」
ゆったりとして野太い口調に違わず、移動速度や振るう棍棒もゆっくりそのもの。
子供のレンに追いつけない程だ。
レンが逃げていく先に棍棒をぶつけようとするが、小さな存在に当てるのは大男にとっては至難の業。
だが――
――ドシン!!
体重と遠心力が加算された衝撃。
ゆっくりとした打撃なのに、地面に当たる度に抉れ、土が浮いた。
一発でも食らったら即あの世行き。
そんな攻撃力を背後から感じたら必死で逃げざる負えない。
「み、見てないで……はぁ……早く助け……」
神経を擦り減らし、レンの体力は既に限界だ。
ダン達に助けを求めるので精一杯。
「あ……」
――足がもつれてしまうのも仕方がなかった。
「いたた……」
地面に思いっきり転んでしまったレン。
そう呟きながら、急いで起き上がろうとしたが、
「――――ッ!」
地面には自分の影を覆うほどのでかい影。
恐る恐る後ろを振り向いてみると、
「や、やっと追いついたぁ」
ぜぇぜぇと息が荒く、肩を上下させている汗だくの大男がレンを睨んでいた。
持っている武器を天高く振り上げ、レンに向かってゆっくりと、されど激しさを増し増しにして――振り落とす。
「額の恨みぃ! 喰らえぇ!」
「――――~~ッ!!」
……………………?
覚悟を決めたレン。だが一向に痛みや衝撃が来る気配がない。
何が起きたのか。
ゆっくりと目を開けてみると、
「!!!」
レンと大男の間でレンを護るようにダン・ストークが立っていた。
白いオーラを身に纏わせ、大男の棍棒を二の腕で受け止めている。
「――わりぃな、おっさん」
不敵な笑みを溢し、好奇心旺盛な目を大男に向ける。
「そいつは俺たちの仲間なんだ。勘弁してくれ」
(………………)
レンは呆気に取られたようにダンを見る。
「なんだぁ〜? おめぇ?」
大男は突然出てきた焦げ茶髪の少年を睨みつけ、
「邪魔するなら、おめぇからぶっ潰してやる!」
と棍棒を振り上げた。
その一瞬の間をダンは見逃さない。
バックステップしつつ、すぐ後ろにいたレンを担ぎ上げると、後方宙返り。
――した瞬間。大男の棍棒が地面を抉った。
爆発したように岩や砂などの破片が辺りに飛び散る。
「あぶねっ!」
ダンはレンを抱き止めながら、オーラをバリア状に展開。
飛んできた破片がバリアに当たる度に、水面に石が叩きつけた時のように白い光がバチバチと弾けた。
ある程度の強度があるおかげで、レンはもちろん、ダンも怪我することなかったが、
「今の攻撃、さっきよりも強くね!?」
散弾の威力は予測していたよりも遥かに強力だった。
だとするなら、と振り切った棍棒の先を見てみると、クレーターと言わんばかりの跡が出来ていた。
「あいつの攻撃、時々えげつない程、威力があるんだ」
大男の破壊力を目の当たりにして、あんぐりと口を開けているダンに、レンはそう説明する。
その説明から察するにダン達の下へ来るまでに、あの大男はクレータが出来る程の攻撃を何回か繰り出していたらしい。
「よくここまで逃げてこられたな……」
「まぁね……運がよかっただけだよ……」
その攻撃を最後まで避け続けたレンにダンは素直に賛辞を贈ると、疲れた様子でレンはそれを受け取る。
「だけど、あんな攻撃、普通の人間が出せるか?」
「うん……たぶんあれ、ギフトじゃないかなぁ?」
「やっぱりか!! ――おい、リオト!!」
レンの見解を聞いたダンは嬉しそうに目を輝かせながら、リオトを見つめた。
リオトはそんなダンと目を合わせると、
「あ、あぁ、俺が悪かったよ……ウェザーはシー玉も渡していたようだ」
とダンの反応に苦笑いしつつ、先ほど否定した内容を訂正した。
「ぐふふ……」
低く太い重厚な笑い声。
音をする方を見ると、大男が歯を剥き出しにして笑っていた。
大男は棍棒を肩に乗せると、
「そうだ」
とレンとリオトの見解を肯定した。
「棍棒はあの女――大領主の側近がお頭に渡したシー玉。おらが1つ貰ったんだぁ」
嬉しそうににやける大男の言葉を聞いたリオトは歯をぎりっと噛み締める。
強力な能力を生み出すシー玉を渡したという事実。
それはつまり『ジームを征服するのに、財を厭わない』ということ。
超本気でジームを潰そうと考えているわけだ。
「このヘイテン様のギフトーー反芻鉄棍を特と味わうが良い!」
と大男――ヘイテンはダダダンと数回、地面に棍棒を叩きつけると、ダンの下へ駆け出す。
高らかに上げている棍棒は不穏な雰囲気を纏っている。だが、ヘイテンの動きは相変わらずゆっくりしたもの。
白いオーラを纏ったダンにとってその動きを避けるのは他愛もないことだ。
「よっと――」
ダンは地面を蹴ると、一瞬にしてリオトの側に辿り着く。
そして、抱きかかえていたレンを「レンを頼む」とリオトに託すと、
「――えっ?」
とレンの戸惑う声が物語るように、ダンは元の位置へ戻ってしまった。
そして、
「いくぞ、ウィー!」
『ウィー!』
ダンは自身と繋がっている子竜に呼び掛けると、白いオーラを全開に解放した。
ヘイテンはまっすぐダンの下へ。
近づくごとに反芻鉄棍もまた秘めているエネルギーで大きくなったかのように映る。
そして、ダンがヘイテンの棍棒の射程距離内に入った瞬間、ヘイテンは高らかに上げていた棍棒を更に振り上げ、
「喰らえぇ! ――『ギアラ』!!」
「――兄ちゃん!!」
大きな衝撃音とレンの悲鳴が辺りに木霊した。