4-19 第二段階
「案外、上手くいったね」
入り口から少し離れた物陰でレンはひっそりとそう言う。
「うん。でもここからが本番だよ」
「まだ残っている敵もいるだろうしね〜。出来るだけ見つからないように」
レンとステラは辺りの様子を伺いながら慎重に進んでいく。
『その後、人が少なくなったアジトの中にあたしと姉ちゃんが入って、解毒薬を盗ってくる。簡単でしょ?」
それがレンの作戦の第二段階だ。
作戦の内容自体はシンプル。具体的な策ではなかったが、レンとステラがアジトに侵入できたところまでは難なくクリアした。
「どこから探そっか?」
「ん~、ちょっと待ってね」
レンはそう言うと、右目を手で抑え、何か考えるように「ん~」と喉を鳴らす。
時折、あっちでもない、こっちでもない、と呟く。
そんな様子のレンをステラは黙って見守ってみる。
何をしているのか、はわからないが、レンは賢い。
何かステラが思いつかないような考えがあるのだろう。
だが――。
しばらく前方を向いていたレンは
「ひっ……ッ!」
と急に小さく悲鳴を漏らした。
「ど、どうしたの?」
その悲鳴に驚いたステラは目を丸くしながら、レンの方を見る。
冷や汗を垂らし、顔は真っ青。何かに怯えた様子で身体を強張らせていた。
その尋常ならない反応にステラは心配そうな顔でレンを伺うが、レンはぶんぶんと首を振り、
「な、なんでもない! ――とにかく奥へ行こう。解毒薬はそっちだ」
と気丈な笑みを浮かべる。
そして何事もなかったかのようにスタスタとアジトの奥を突き進んでいった。
「え? ちょっと……待って。レン」
そんなレンの急な動きに慌てた様子で声を上げると、ステラも小走りで追いかける。
「ねぇ、大丈夫なの?」
「……大丈夫」
そうは言っているが、レンの表情は硬い。
心配だ。作戦を中断して、ダン達と合流した方が良いかもしれない。
だけど有無を言わさずにスタスタと進むレンに、その提案をしても却下されることは目に見えている。
ステラは「ふぅ」と吐息を漏らして肩を竦めると、レンに大人しくついていくことにした。
入り口からすぐの下り坂を一直線に進むと、広い空間がある。
レンとステラはその空間に入るとすぐに、近くに置いてあった木箱の前で身を縮めた。
ゆっくりと顔を出し、辺りをゆっくりと確認すると、人っ子一人もいない。
どうやらダンとリオトは上手く誘き出してくれたみたいだ。
「で……どこから探そっか?」
ステラは身を屈めると、レンにそう尋ねる。
「う、うん……そうだね……」
レンは木箱の影で再び右目を翳し何かを確かめるように木箱を見ていた。
「さっきからどうしたの? 大丈夫?」
レンの眼は真剣だが、その顔は青ざめている。先ほど悲鳴じみた声を上げてから、レンはずっとそんな様子だ。
さすがにステラも心配そうにレンを見つめ、レンの背を摩る。
「どこか体調でも悪くしちゃった? このままダン達が来るの待つ?」
「……ううん。大丈夫。それより、『どこから探すか』だったけ?」
だが、レンは首を振り、話題を変える。
「この大きな所は、たぶん皆で会合する場所だし、これといって隠すところがなさそうだね」
確かに、この大きな空間には、現在飲み食いしたカスや樽ジョッキがそこらかしこにあるだけでこれといって隠せそうな場所はなかった。
もちろん今隠れている木箱のようなものも散り散りにあるが、これらも密閉されていて簡単には取り出せない構造になっていた。
「ってことはもっと奥ってことだよね?」
「うん。たぶん2つある出口のうちのどれかだと思う」
「じゃあ……どっちから探す?」
「…………」
「……レン?」
ステラの相談に黙りを決め込んでしまうレン。
さっきと同じだ。
表情は硬いし、頬に汗が伝っているのがわかる。
微かに身体も震えている。
何か恐ろしいモノを見つけてしまったかのような反応。
現状ステラが見えている範囲にはそんなモノは確認できなかったが、レンはこの空間に明らかに恐怖していた。
そんなレンの様子を見たステラは、目を一度瞑り、
「よし」
と意を決したように立ち上がった。
「レンはここに隠れてて」
「……姉ちゃんは?」
「私は解毒薬を探してくる」
「――――えっ?」
その発言にレンは目を丸くする。
「だ、ダメだよ。姉ちゃん……危険すぎる」
「でも、もう時間はないことだし、この状態のレンをこれ以上、連れていけないよ」
1人にしちゃうのは心配だけど、とステラは微笑む。
「あ、あたしは大丈夫さ。一緒にい、行けるから」
「ううん、レンはここでダン達が来るのを待ってて」
レンが強がっているのは、目に見えて明らかだ。
そんな怖がっている少女を無理矢理連れて行くわけにはいかない。
「で、でも……」
「大丈夫!」
ステラは安心させるように拳を上にし、ガッツポーズを取ると、
「危なそうになったらすぐに戻ってくるから」
「――――」
「だから、ここで待ってて」
「姉ちゃん!」
ステラはレンにそう言うと、レンの呼びかけに答えずすぐに奥の通路に向かって駆けていく。
「!! よりにもよって……ッ!」
ステラが選んだ通路を見たレンは焦ったような声を発し、追いかけようとするが、
「――ん~……誰もいないのか?」
ステラが奥の通路に駆けていったのとほぼ同時くらいに、もう片方の通路から寝ぼけたような野太い男の声が。
レンは動きを止め声がした方向を向くと、体重が100キロあるであろう体型の大男が入ってきていた。
ガラガラと大きな棍棒を引き摺り、欠伸をかみ殺している。
「ん~? なんだぁ、お前ぇ?」
ステラを追いかけようとしたレン。その身体は木箱の影から完全にはみ出ていた。
男がその小さな侵入者を発見するのは容易だった。
だが、さっきまで居眠りしていたからなのか、普段からなのか、男の思考はゆっくりしたもの。口調もゆっくりだ。
レンが侵入者であることを理解するのに時間が掛かっている。
その隙をレンは見逃さない。
「あぁ~もう!」
「イダッ!?」
スリングショットで大男の額に向けて攻撃を浴びせた。
今、あの男をステラが向かった通路へ行かせるわけにはいかない。
(兄ちゃんも姉ちゃんも勝手すぎる!)
「何するんだぁ!?」
「やぁ、おデブのおじちゃん……」
その可能性を排除するためには――、
「悔しかったらあたしを捕まえてごらん」
レンを敵だと認識させること。
「イダッ!!」
大男の額にもう一発お見舞いすると、レンはそのまま振り返り自分達が最初入った通路に戻っていった。
「――このガキぃ!? 待てぇ~!!」
大男もそれに続いて通路へ。
体重の乗った大きな足音と振動を感じ取る。
目論見は成功だ。
(とにかく兄ちゃん達のところへ行こう!)
そしてレンは駆けていく。外にいるダン達に望みを賭けて。