4-18 第一段階
ダン達が作戦を実行する10分前。
「「「ア~ハハハハハ!」」」
アジトの中では野盗達が盛り上がっていた。
酒を飲み、肉を喰らい、時にはゲームをする。
今日の襲撃の成功に皆気分が高揚していた。
「おい!」
そんな時、じっと周囲の仲間達の様子を眺めていた野盗の頭――ブリガンドが呼び掛ける。
その声掛けで野盗達ははしゃぐの止め、ブリガンドの方を一斉に向いた。
「なんだい? 頭~?」
その1人が酒で赤くなった顔で、ブリガンドに問いかける。
ブリガンドは答えるように男2人を真剣な顔をして指差す。
「テメェとテメェ……」
差された男共は互いに顔を見合わせ、何かしたか? と確認し合う。
ブリガンドの怖い表情に、自分達が何か粗相をしでかしてしまったのではないか、と。
ブリガンドはじっとそいつらを睨むだけだ。
心当たりはない。だが、自分達の何かがお頭の気を損なったのではないか、とゴクリと唾を飲み込む。
やがて、ブリガンドはゆっくりと立ち上がると、
「そろそろ……見張りの交代の時間ダ」
「――――」
「見張りしている野郎にもこの大領主様から頂いたクセェ酒を飲ませねぇとナ」
と酒の入ったジョッキを掲げる。
「野郎共! 今日は祝いダ! 存分に飲むゾォ!」
「「「オォォォオオオ!!」」」
ブリガンドの音頭にアジトにいる野盗共はより一層盛り上がる。
先ほど指名された奴らも「なんだ、見張りか」とホッと胸を撫で下ろし、覚束ない足でゆっくりと立ち上がった。
「んじゃあお頭。行ってくるぜ!」
「くるぜ!」
盛り上がるアジトの中、2人の野盗はブリガンドにそう言うと、肩を組みながら高揚としてテンションのままアジトの外へ向かった。
その様子を見届けつつ、辺りを見渡したブリガンドは腰掛け、
「おい……」
近くにいる仲間に話しかける。
「なんだい? お頭~?」
「奴はどうしタ?」
「奴~?」
お頭が何を言っているのか、最初わからなかったが、すぐに
「あぁ~!」
と思い出したように叫ぶ。
「たぶん奥の部屋で寝てますよ! マイペースな野郎だからなぁ! 起こしてきやしょうか!?」
「……いや、イイ。確認したかっただけダ。お前も楽しメ!」
とブリガンドはジョッキをそいつに向かって伸ばす。
そいつも意図を理解したのか、「へい!」と満面の笑みでジョッキをブリガンドのジョッキにぶつけ、宴に戻っていく。
そんな様子を確認し終えたブリガンドはグビッとビールを煽り、考える。
今回の襲撃は大成功だったと言える。
特に大きな問題もなく、依頼を完遂できた。
この報酬として高い酒や飯、財宝にありつけたのだから、割の良い仕事だ。
しかも『大領主の依頼』という大義名分もある。
もし自分達に復讐したい奴らが現れても、そう簡単には手は出せないだろう。
もし手を出そうものなら、それは大領主に逆らうということを意味するのだから。
つまり――、
(これから俺達はウェザーの名の下、合法的に略奪が出来るってわけだ)
ブリガンドはニヤリと口角を上げた。
「お頭~!」
そうやって、 しばらく考えていると、外に出ていた1人が慌てた様子でこちらに来る。
よく見ると顔や身体が傷だらけ。息も絶え絶え。
そんな男がブリガンドの膝元に倒れる勢いで座り出す。
「どうしタ?」
とこれでも飲んで落ち着け、と自分のジョッキを渡すと、そいつはその酒を飲み干す。
息を整わせて、落ち着いた頃にそいつは口を開く。
「し、襲撃です!」
「何?」
――ドォン!
「――――!?」
そう聞き返すや否やアジトの入り口辺りで轟音が鳴り響く。
「ぁぁぁぁああああ」
そして、もう1人の叫び声が聞こえてきたと思うと、そいつが入り口から吹っ飛んできた。
奥の壁にぶつかり、砂埃が舞う。
ブリガンドは呆気に取られた様子で動きが止まる。
仲間達も宴をやめ、目を見合わせていた。
――タッ……タッ……
静まり返ったアジトで、入り口の方からこっちにゆっくりと向かってくる足音が聞こえてきた。
(いったい何があった?)
ブリガンドも何が起きたのかわからず、身を強張らせていると、ついにそいつらが現れた。
1人は焦げ茶髪の少年。不敵な笑みでこちらを見ていた。
1人は青髪の剣を携えた少年。切れ長な表情でじっと睨みつけていた。
そいつらの顔には見覚えがあった。
「てめぇらハ!?」
昨日会ったばかりの少年達。返り討ちにあった憎き相手。
焦げ茶髪をした少年はヘッと笑みを浮かべると、
「悪ぃ野盗はいねぇがぁ?」
とどこかの地方にありそうな常套文句を叫ぶ。
その笑みにブリガンドの酒で赤くなった顔はより一層赤く火照り出す。
歯を噛み締めこめかみに青筋が出てくるのを感じる。
昨日してやられた記憶が蘇る。
だが、このタイミングでの襲撃。
そして昨日こいつらの行こうとしていた方角を考えると、ある予想が立つ。
ブリガンドは怒りに震える感情を極力抑え、
「てめぇら、ジームの奴の差金か?」
「ジーム? 何のことだ?」
真剣な顔をして惚けるリオト。
「じゃあお前らは何なんだ?」
ヘヘッとダンは不敵な笑みを溢すと、
「冒険好きのただの旅人さ。悪い奴らが潜んでるって言うから襲撃しにきただけの」
なら、返り討ちにするまで、だ。
ブリガンドは仲間達に向かって叫んだ。
「おめぇラ! やっちまエ!」
★★★
「おめぇラ! やっちまエ!」
野盗の頭――ブリガンドがそう叫ぶのを聞いて、ダンは
「行くぞ、リオト!」
とそのまま野盗共に立ち向かう――のではなく、リオトと共に踵を返し入り口へ駆け出した。
「ハァ!?」
一瞬の出来事過ぎて、ブリガンドは思考が停止する。
まさかここまで来たのにも関わらず、逃げ帰るとは思いもしなかったからだ。
訳も分からずその場で立ち尽くしていたのだが――、
「来ないのか!? 腰抜け共!」
振り返りざまにダンが叫んだその言葉で野盗共の怒りは沸点に達する。
「おめぇラ、追いかけロォ! 逃がすんじゃねぇゾ!!」
「「「オォォ!」」」
野盗共は持っていた樽ジョッキを投げ捨て、各々武器を手にし、そのまま全員で入り口へ走り出した。
ブリガンドも武器を持ち、追いかけようとしたが、
「そうだ。あれを使ってやル」
と何かを思い出し、ダン達とは逆の方へ駆けて行った。
「あんなに怒らせて大丈夫なのか?」
リオトは走りながらダンに聞く。
「大丈夫大丈夫。それに出来るだけ野盗共をここから出す、というのが俺達の役目だしな」
「確かにそうだが……」
ダンの呑気な口調を聞きながら、リオトはレンの作戦を思い出していた。
『まず兄ちゃんと剣の兄ちゃんがアジトに侵入して、出来るだけ野盗達を外に出して』
その指示通り、ダンとリオトはアジトに向かう。
見張りの2人を闇討ちし、ちょうど見張りの交代で出てきていた奴らを――油断している間に――襲撃。
そいつらを利用して、アジトに潜入した後、野盗共を煽って怒らせた。
「待ちやがれ、この野郎!!」
案の定、野盗共は怒りで我を忘れ、ほとんどと言ってもいいくらい数で、ダン達を追いかけてきていた。
「嫌だよ。悔しかったら追いついてみせやがれ! べぇ〜」
ダンは逃げながらも、怒りの火を絶やさないように、絶えず野盗を煽り続けていた。
そして、アジトの外へ飛び出し、少し離れた所で振り向いた。
追いかけてきた全員が青筋を立てて、ダン達を取り囲んだ。
キラリと光る刃をダン達に向け、逃げ道を無くすように適度な距離感で円を作る。
そして、野盗の1人が口を大きく開く。
「カカレェ!」
「――あとは任せたぞ!」
ダンが誰に言っているかわからない叫びをした後、ダンとリオトは野盗共に立ち向かっていった。
野盗共は気付かない。
ダン達に夢中になっている間に、2つの影がアジトに入っていくのを。
「(作戦の)第一段階、成功」
傍目でその様子を見て、ダンはニヤリと笑みを溢した。