4-17 作戦開始
日が落ちかけると、森は赤みを増し、木々の影が伸びていく。
空も西の地平線は燃え盛るように赤みが目立つが、ある所を境に濃い紺が空を包んだ。
時間が経つと共に森の木々の様相は変化し、森全体が化けの皮が剥がれた恐ろしい魔物であるかのような雰囲気を醸し出していく。
「それで。兄ちゃんは何か算段とかあるの?」
「あぁ。森に入って野盗を探して、見つけたら殴って解毒薬を盗っていく。簡単だろ?」
「……つまり何もないってことだよね……?」
「だが、ステラ。現状何も手掛かりがない以上、ダンの言う通り、森中を探すしかない」
「ウィーウィー」
「それじゃあ――」
森を前に、太陽を背にして4人と1匹の影が並んだ。
「いっちょやりますか!」
不敵な笑みでダンはパシッと右の拳を左の掌に当てる。
期限は今日中。それまでにジームに戻らなくてはならない以上、時間的にかなり厳しい。
野盗のアジトがどこにあるのか不明。どのくらい野盗がいるのかも不明。
それにギュンターから聞いた合言葉『ブリガンド様に会いに来た』というのも使えない。何故ならダン達はジームには全く関係ない単なる旅人として来ているのだから。
そんな現状とはいえ、探す手立てがない以上、順々に捜索していくしかない。
そう考えているダンとリオトとウィー――尤もダンは何も考えていないかもしれないが――3人は早速森の中に入っていこうとした。
「待った!」
だが、そこにそんな呼び声がかかり、足を止める。
振り返ると、レンがため息をひとつ。呆れた様子で彼らを見ていた。
「はぁ……兄ちゃん達さ。こんな広い森の中、探すだけで夜が明けちゃうよ」
「じゃあどうしろっていうんだよ?」
眉を顰めてレンにそう聞くダン。そんな惚けた感じのダンにレンはまた深くため息を吐く。
「兄ちゃん、忘れたの? あたしがついてきた理由」
「ん? 一緒に捜すためだろ?」
「ちがーう! そうだけど、ちっがーう!!」
何を当たり前のことを、とでも言うように真顔で即答するダンに、レンは大声でツッコミを入れる。
そのツッコミに驚きを隠さず、目を丸くし、
「え? 違うのか!?」
だったらどうしてついてきたんだよ、とでも言いたげな様子に、レンは「全く兄ちゃんは」と再び大きなため息をつく。
そんなレンの様子を見て、ステラが何か気がついたように「あ」と呟くと、
「そういえば、レン。確かここに来る前に大体の目星はついてるって言ってたっけ?」
その言葉にレンは目を輝かせる。
「さすが姉ちゃん!」
「あーなんかそんなこと言ってたかぁ……? ――ってイタァ!」
そして未だ思い出せずしっくりきていないダンをキッと睨み、持っているスリングショットでダンの額にクリーンヒット。
「何するんだよォ!?」
「忘れてる兄ちゃんが悪い!」
と抗議するダンを一刀両断し、頬を膨らませてプイッとそっぽを向いた。
「まぁまぁ」
そんなレンを宥めるようにステラは両手を前に出すと、
「それでレン。その目星って?」
そう言って愛想笑いする。そんなステラを見て、気が削がれたのか諦めたようにレンは「はぁ」とため息をつくと、
「ついてきて」
と森に一直線に進み出す。
「ん? どこ行くんだ?」
「うっさい。いいからついてきて」
呑気なダンの問いに罵倒で返しながらもレンはスタスタと森の中に入っていく。
ダンはウィーと目を見合わせて肩を竦めると、素直にレンについていくことにした。
★★★
「着いたよ」
レンはそう静かに呟く。
鬱蒼とした茂みの中、4人と1匹は隠れるように身を屈めていた。
先頭にいるレンは茂みから前方の様子を注視していて、後ろからくっついてきていたダン達はポカーンと置いてけぼり。
そんなレンにダンは呆けた顔で
「着いたってどこに?」
と聞いてみると、レンは前を向きながら、
「盗賊のアジトだよ」
「…………」
その回答を咀嚼するのに時間が掛かった。
ダン達は一度飲み込み頭で反芻した後、その言葉をもう一度頭の中で繰り返し、
「なにぃ――んんっ!」
ようやく理解して大声を上げようとした所で、反射的にレンは振り向きダンの口を抑えた。
「兄ちゃんのド馬鹿! こんな所で叫んだら、見つかっちゃうでしょうが!」
器用に小声で怒鳴り散らす。
その非難の言葉にダンも自分の失態に気付き、口を自らギュッと閉じる。
その動作を感じ取ったレンは「分かればよろしい」と口を離した。
そのレンとダンのやり取りの後ろでステラは目を丸くしながら、口を小さく開く。
「いったいどうやって見つけたの……?」
「そうだそうだ。お前、どうやって見つけたんだよ?」
ステラに続いて、ダンも――今度は静かに問い正す。
「昨日歩いている時ちらっと見かけたんだ」
とレンはステラの質問に答える。
「その中から野盗達が出てくるのとか、その野盗達があたし達が歩いている街道に来ようとしていたのとか」
「――!? もしかして昨日野盗に絡まれたのは――!?」
ダンは昨日の朝に野盗に絡まれたことを思い出す。
思い返せば、自分に玉を撃ちまくった後、不自然にレンはステラ達を連れてその場を離れていた。
その行動は野盗が向かっていると分かっていたと思えば、説明が付く。
「――まぁそうだね。野盗が狙っていそうだったからね。急いで離れたんだ」
だが、何も悪気もなくその事実を肯定する。ただその顔はニヒルな笑みを浮かべていた。
「ただ、地図を燃やした兄ちゃんに罰が下ればいいなぁ、とは思っていたけどね」
「やっぱりか! あの後、大変だったんだぞ!?」
「どうだか。兄ちゃんだったら、あれくらい簡単に蹴散らせたでしょ? 剣の兄ちゃんもいたんだし」
「そうだけどな!」
ダンは不満げに腕を組み、口を窄めプイっと横を向く。
そんなダンを後目に、
「――それにしても」
とステラはダンとレンの会話に割り込む。
「ここ、街道からだいぶ離れているんだけど。――よく見つけられたね」
そう言うと、レンは自身の左眼を指差す。
「あたし、眼だけは良いんだ」
キラリと翡翠の眼が光る。
「そ……そうなんだ……?」
(ここって街道から見れない気がするんだけど……?)
とステラは自信満々な顔をしているレンに圧倒され、曖昧な返事をしつつ疑問を抱く。
「すまないが――」
だが、その疑問もリオトの真剣な口調を耳にしてすぐに霧散してしまう。
「話をするのはあとにしないか?」
頬に汗を垂らし眉間に皺を寄せていて、瞳は不安げに揺らいでいた。
そんなリオトの様子を見て、ダンは
「おう。悪い。あまり時間がないんだったな」
とニッと笑いかける。
ギュンターから課せられた制限時間。それまでに解毒薬を入手しなければ、リオトは夢を叶えることが出来なくなる。
そうじゃなくても、解毒薬がなければ、ギュンターやコーリ、それに他の多くの有権者が命を落としてしまうのだ。
そう雑談している暇はない。
「ちゃっちゃと侵入して解毒薬取ってこようぜ」
「けれど、どうやって入る? 解毒薬の場所はともかく中の様子もわからないし……」
「それなんだけどさ。あたしの考えに乗る気ない?」
とステラの懸念にレンは手を上げてそう提案する。
「なんだよ? 考えって」
ダン達がレンの方を見ると、
「――――」
ゆっくりとレンは口を開き、その考えを全員に伝えた。
しばらくして――、
「なるほど。上手くいけば、かなり早く解毒薬が入手できるな!」
「……だが、危険な賭けだ」
レンの提案を聞いたダンは目を輝かせるが、リオトは渋い顔をしていた。
「この作戦は魅力的だが、不確定要素が多すぎる。何より一番危険で鍵なのは――」
そう言ってリオトはステラとレンに視線を飛ばすと、
「ステラ、レン。君達、2人だ。そんな危険な役回りを女の子に任すのは些か心配だ」
「でも他に作戦思いつく? 剣の兄ちゃん」
「いや。だが――ッ!」
額に衝撃と痛みを感じた。
(――何が起きた?)
混乱の中、額に手を当てて前方を向くと、レンがスリングショットを撃ち終えたような恰好を取っていた。
どうやらレンに撃たれたらしい。
「心配してくれるのは有難いけどさ」
レンは撃ち終えたスリングショットを肩に当てると、
「ちょっとは肩の力抜きなよ。さっきからずっと怖い顔しちゃってさ」
と呆れたような顔でリオトをジト目で見る。
「剣の兄ちゃんは父親や弟を助けることだけ考えときなよ。全部に手を伸ばしていたら、動けなくなっちゃうよ?」
「だ、だが、君達を危険に晒すのは、騎士を目指す者として――ッ!」
リオトの反論を終える前にもう一発。
はぁ、とレンはため息を吐くと、
「騎士騎士ってうるさいなぁ。第一あたし達、そんなに弱くないからね」
ねぇ、姉ちゃん。とレンはステラに視線を移すと、「そうだね」とステラも微笑みながら肯定し、
「いざとなったら逃げれるくらいは出来ると思うよ。私もこの作戦くらいしか思いつかないし、それに――」
とリオトを見つめた。
「何かあったら助けてくれるんでしょ? 騎士さん?」
「――――!」
――バシッ!
ふいに背中に衝撃を受けた。
ダンとウィーがリオトの背中を両側から叩いていたのだ。
目を丸くしながらダンの方を向こうとすると、その寸前にダンに肩を組まれた。
「この言い合い、お前の負けだな。とりあえず乗ってみようぜ! いざとなりゃ俺かリオトが駆けつける。それで良いじゃねぇか」
楽観的で楽しそうなダンの口調。だが、そう言われても結局危ないのには変わりない。
自分達の事情でこの人達が危険な目に合ってほしくなかった。
だから、出来ることなら、ステラやレンにはこの場に残るか、一緒に行動してほしい。
自分の手に届くところで、自分が護れる場所に居てくれたら、どんなに安心か。
だが、ダンの次の言葉でリオトは考えを改めさせられる。
「あいつら、信じてみようぜ」
その言葉にリオトはハッとした。
『信じる』。確かにその通りだ。
さっきまでの発言やこの思いは、彼らのことを信じ切れていなかったから、かもしれない。
だから行動を制限しようとした。それでは――自分の父親と同じことではないか。
そんな父親のようにはならない。なりたくない。
リオトは歯をぎりっと噛み締めると、
「……わかった……」
と呟くようにレンの作戦に乗った。
ダンはその様子を見て満足そうに「よし」と立ち上がる。
それと同じくらいのタイミングで、アジトの入り口から笑い声が聞こえてきた。
どうやら談笑しながら、野盗の男2人が出てきたようだ。
その様子に「ちょうどいいや」とダンはニヤリと笑い、
「作戦決行だ」