4-16 リオトの宣言 後編
「父さん、僕も行きます」
額に汗を滲ませ、固い表情のリオトをギュンターは冷たい瞳で見る。
相変わらず表情を変えず、怖い印象を与える顔はその子であっても緊張感を与え、部屋の温度も少し下がったような気がする。
やがて「ふん」と鼻を鳴らし、前を向き目を閉じると、
「お前は駄目だ」
とギュンターは禁止する。その冷酷無慈悲な言葉にリオトの表情はより一層固くなり、身も強張らせる。
「お前にはヘリックス商会に行き、今後の引継ぎの準備をしてもらう。騎士になるのは諦めろ」
「あんた、またそうやって――!」
ギュンターを非難するように叫ぶダン。だが、ギュンターはダンを無視し、被せるように言葉を続ける。
「お前は保険だ。彼らの作戦が失敗し、私達が死んだ時、ヘリックス家はお前しかいなくなる。ヘリックス商会存続のためにお前には直ぐにでも引き継いでもらわなければならない」
「――――」
「そもそもお前が行って何になる?」
「……ダン達と共に行き、解毒薬を必ず手に入れてみせます」
緊張しているが、はっきりとした意志を感じる口調でリオトはそう宣言するが、ギュンターの心には全く響かない。
「ふん。お前には無理だな」
ギュンターはもうリオトを見向きもせずに鼻で笑い、そう即答する。
「挽回を!」
だが、リオトは諦めない。
「――騎士を目指す者として先ほどの失態の挽回をさせてください」
ギュンターに戒められた先ほどの失態。父を、コーリを護ることができなかったその行動を、父の信用を、取り返すためにリオトは志願する。
だが――、
「駄目だ」
ギュンターの意思もまた固い。突き刺すような視線をリオトに向け、無機質にそう言うと、
「何度も言わせるな。お前はヘリックス商会長ギュンター・ヘリックスの長男だ。ヘリックス商会の未来を背負う立場にある人間だ」
「――――」
「そんな者が自分の夢の挽回のために商会を蔑ろにするなんて笑止千万。自分の責務を自覚しなさい」
「しかし! それでは父さんやコーリの命が――」
「私達の命など二の次だ!」
「――――ッ!!」
その鋭い言葉に目を丸くし、リオトの顔は強張り、言葉が詰まる。自分の最優先事項とギュンターのそれが根本から違っていたことを今改めて理解し、その衝撃に動揺が隠せなかった。
そんなリオトの様子を見て、「ふん」とまた馬鹿にしたように鼻を笑うと、平常心な顔でギュンターは言葉を続ける。
「今重要なのは、ヘリックス商会の存続だ。私達が死んでも、ヘリックス商会には数々の仕事が舞い込んでくる。仕事が滞ってしまえば、ヘリックス商会の信用はガタ落ち。そうなれば、3代まで続け、大きくした意味全てが水の泡だ。そうならないためにも、お前には早急にヘリックス商会を引き継いでもらわなければならない。そもそも――――」
「――――」
「商人と騎士の性質は全く逆だ。商人とは、自身の利益を得るために最善を尽くす者。対して騎士は他を護るために自身の最大限の能力を発揮する自己犠牲の塊」
「――――」
「はっきり言う。商人の血を受け継ぐお前に騎士の才能なんてあるはずがない」
商人と騎士。主戦場も違えば、武器も全く異なり、ギュンターの言葉もやや商人寄りの考えだが、確かに父ギュンターの「真逆」という見解は概ね間違っていないかもしれない。
そしてヘリックス家の長男として生を受けたリオトに商人の血が流れているのは確かだ。
辛辣に投げかけるその言葉にリオトの表情は曇る。心がブレ始める。
ギュンターに否定され続け、今回の事件で自分の自覚が足りなかったことに気が付いた。
騎士のあり方を商人である父に咎められるまで気が付かなかった。
そして自分は商人の子。
騎士を目指す者として、家族すらも護れなかった。
そんな自責の考えがぐるぐると頭の中で回り始め、リオトは無意識に手を凝視する。――その中で流れている血を透かして見るかのように。
そしてギュンターの最後の言葉を思い返し、結論に――、
(俺には騎士の才能がない――?)
「――違う!」
そう叫ぶ声が聞こえて、ハッと現実に戻る。声がする方を見ると、ダンが先ほどまでよりも厳しい顔でギュンターを睨んでいた。
「また君か」
ため息混じりにギュンターは面倒臭そうな声でそう言うが、気にせずダンはすごい剣幕で大きく口を開く。
「あぁ。もう我慢ならねぇ!」
「……君と私では話が合わないということだったが?」
「だけど、こればっかりは言わないと気が済まねぇ!」
そう言って大きく前に出て、ベッドの縁を両手で掴んだ。
「なんであんたは自分の子供の夢を応援してやらねぇんだ?」
「――――」
「血だとか才能だとか変なこと言いやがって! 夢を追うのにそんなの関係ねぇだろ! あれこれ理由を言ってるが、あんたは結局――」
「――――」
「自分の思い通りにさせたいだけじゃないか!」
ギュンターの眉がピクリと動く。その変化をダンは見逃さず、ヘッと笑みを溢す。
「やっと表情が少し崩れたな。図星だったか?」
そのダンの態度にギュンターは更に面倒臭そうな表情を見せる。まるで弱みを握られたような態度だ。
だが、それも束の間。すぐにギュンターはいつもの冷たい無表情に戻ると、
「ふん……所詮は関係のない者の戯言に過ぎないな。もう一度言うが、これはうちの話だ」
そう言い切りきっぱりとダンを線引きした。これ以上入ってくるな。とそう言いたげに。
その態度に更に青筋を立てたダンは、
「なんだと――!」
とベッドの縁を飛び越えて前に出ようとして、
「――――ッ!?」
ダンの目の前に手が現れた。見るとリオトがダンを止めるように手を出していた。
「リオト……?」
「ダン、すまない。もう大丈夫だ。俺から少し話をさせてくれ」
リオトの目は緊張し怯えているように見えたが、その口調は何かを決心したかのように聞こえて、ダンは頷き後ろに下がった。
それを見届けた後、リオトはギュンターの方を向き、一旦目を閉じると、意を決したように開けギュンターと視線を合わせた。
「父さん。あなたはいつもそうだ」
平静を取り戻したリオトは静かに口を開く。
「父さんは自分の保身が大事で、自ら立ち上がれない弱者や僕ら家族のことなんて無視をする」
「――――」
「今日の件も、ジームの路地裏にいる貧困層の話を言った時も、――母さんが死んだ時だってそうだ」
最後の衝撃的な台詞にダンやステラ、レンは目を丸くする。思い返せば確かにヘリックス家の紹介をされた時に母親の名前は出てこなかった。
そしてギュンターの眉もピクリと動く。
「あなたはヘリックス商会の存続と繁栄にしか興味がない。そんな父さんの思い通りに僕は動かない。動きたくありません」
自分の意見をしっかり述べるリオト。その声は強くはっきりとしていたが、足は震え、拳はギュッと握りしめられていた。
そのリオトの意見を聞くギュンターは黙ったまま、じっとリオトを睨みつける。何かしら心情の揺れがあったのは確かだが、その詳細まではリオトでもわからなかった。
だが、リオトはそんなギュンターの思いを量ることをあえてせず、
「だからひとつ賭けをしませんか?」
と徐に人差し指を立てた。
「俺がダン達と共に一日以内に解毒薬を取ってこれたら騎士になることを認めてください。その代わり――」
「――――」
「もしできなければ、騎士の道を諦め、ヘリックス商会を継ぎます」
「「!!」」
リオトの賭けの内容に部屋中の誰もが目を丸くし、リオトを見た。
冷や汗を垂らし、心配そうな顔をしているが、その目は明らかに覚悟を決めた輝きがあった。
あんなにも焦がれていた自分の夢を賭け、父にそう宣言したのだ。また、敢えてリオトは口にしなかったが、もし失敗すれば父やコーリ、家族の命も失ってしまう。
半端な決心ではないことはすぐに皆が理解した。それはギュンターも例外ではない。
「フフ……」
そして、彼の口から息が漏れる。
「フハハ……」
肩を震わせ、口角の歪みを抑えようとしてもできず、
「フハハハハハハハ――!」
ギュンターはリオト達に向かって大きな笑い声を上げた。
その初めて見せる様子にダン、ステラ、レン、そしてウィーは目を点にし、固まる。唯一、リオトだけが表情を堪え、笑うギュンターの様子を黙ってじっと見つめた。
「ククク……」
しばらくして、笑いが縮小し収まると、表情が歪んだままリオトの方を向いた。
「面白い。私の命とお前の夢を賭けに使うか」
笑みを浮かべ涙も出てはいたが、その目は鋭く、いつもの冷徹さが滲み出ていた。
「なんだかんだ言っているが、やはりお前にも商人の才があるようだな。自分の利益のために、父親の命を賭けるのだからな。騎士ならば到底出来んことだ」
「……それでも、俺は騎士になることを認めてもらいます」
皮肉を言い続けるギュンターにリオトは臆せずにそう主張する。その反応を愉快げに「ふん」と鼻を鳴らすと、ギュンターは、
「良いだろう」
と一言。その言葉を待っていたが、そんなにすぐに出てくるとは思わず、リオトは「……え?」とつい聞き返してしまった。
それにギュンターは面倒臭そうな表情を見せると、
「その賭けに乗ってやると言っているんだ。ただし、半端だとあれだからな。条件は厳しくする」
「……なんでしょう?」
「今日中だ。今日中に解毒薬を取ってこい」
今は既に日が落ちかけようとしている時間になっている。今日中――つまり0時になるまでに解毒薬をここまで持ってくるとなると、時間的にかなり厳しい。
だが、
「わかりました」
リオトはその条件を飲む。そして、ギュンターにひとつお辞儀をすると、振り向き扉を開ける。
「では行ってまいります」
その言葉を言い終えると、外に出て行ってしまった。ダン達を置いて。
残されたダン達は互いに目を合わせ、漸くリオトに置いていかれたことに気が付くと、慌てて外に飛び出していった。
「――あ、おっさん!」
だが、すぐにダンが戻ってきた。
「なんだ?」
訝しげにギュンターはダンを見ると、ダンはニッコリと笑顔になり、親指を立てる。
「すぐに戻ってくるからよ。それまで死ぬんじゃねぇぞ! 絶対助けてやるからな!」
「――――」
「じゃあ行くわ!」
ギュンターの返事を聞かず、ダンはリオトを追いかけに行った。
誰もいなくなった病室で、静かに扉が閉まる音だけが鳴った。