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4-15 リオトの宣言 前編

「そんなの……あんまりだ!」


 リオトは怒りの声を上げる。


「ウェザーの命令は無茶苦茶じゃないか」


 明らかにジームを潰そうという意志が見えるウェザーの命令。


「ジームが潰れたら、そこに住んでいる人達はどうすればいいのさ!? それなのに拒否すれば父さん達の命がないだって?」


 ただでさえ路地裏での苦しい生活を強いられている人々を見ているリオトにとって、その命令は到底受け入れがたい。しかし受け入れなければ、自分の血縁である父ギュンター達の命がない。

 どっちに転んでも望みがなく、まさに横暴そのもの。

 しかも――、


「その理由が『ただ気に食わないから』って……あまりにも勝手すぎる!」


 そんな理由で潰されるなんて堪ったもんじゃない。

 潰すメリット・デメリットを考慮していない何の利益にもならない納得のできない仕打ちはリオトじゃなくても、怒りを覚える。当然リオトのように不平不満を吠えていただろう。

 だが、リオトがこんなにも怒りを顕著に出している理由はそれだけじゃない。


「なによりそんなことのために……コーリも犠牲になったのか!?」


 ギュンターの隣で未だ苦しそうに眠っているコーリ。

 彼もあの事件の現場にいた。つまり野盗の放った毒ガスの被害者の1人だ。

 そしてリオトにとっては、自身よりも大切な弟だ。そんなまだ成人もしていない小さな弟に理不尽が飛び火した。

 正直やり切れない思いでいっぱいだ。

 自分があの場にいれば、コーリを助けられたかもしれない。毒ガスを浴びせられる前にコーリだけでも逃がせたかもしれない。

 元凶のウェザーにも当然腹が立っているが、守ってやることすらできなかった自分にもリオトは憤りを感じている。

 そんな思いも声に乗せて、八つ当たり気味にギュンターに叫んだ。


 一方でギュンターはそれまでそんなリオトの訴えに黙って耳を傾けていた。

 冷静な瞳でじっとリオトを見つめ、彼の叫びを受け止めているかのように口を真一文字に閉じて。

 そして、全ての言い分を聞き終えると、ギュンターは口をゆっくりと開くと、


「そうだ」


「――――!!」


 ただ一言。肯定する。

 リオトは言葉を失い、目を見開く。


「コーリは今日から商人見習いになった。つまり私の部下だ」


「――――」


「コーリはただ職務を全うしただけだ。私の部下になったからにはああいうテロ紛いの襲撃にあうのは必然。あいつもその覚悟はできていたはず」


「だ、だからって……!」


「だったら、お前が護ってやればよかった」


「――――ッ!」


 痛いところを突かれ、リオトは再び閉口する。苦い顔でギュンターを見ていると、ギュンターは冷徹に見下したような目線をリオトに向け「ふん」と鼻で笑うと、


「お前は確か騎士になることが夢だったな。騎士になるならば、私達を護ることも重大な任務。だが、お前はいなかった。それとも本当にごっこ遊びだったか?」


「ち、ちが……」


「違わないな。お前が本気だったならば、何故あの場にいなかった? 騎士の仕事は剣を強くすることだけか? 民を護ることこそ騎士の仕事だ。そして、ここジームの中で最も危険な場はどこだ?」


「――――」


「私の周りだ。ジームのトップである私が襲撃を受ける可能性は高く、まさに今こうなっている。このことを考慮に入れず――いや、考慮に入れていたのだったな……ならば、『騎士の鍛錬として私を護る』と考え実行しなかったお前は未熟そのもの! 騎士の責務を理解していない、果たしていないお前が何故、私を咎められる?」


 ギュンターの辛辣な言葉に、リオトの表情はどんどん固くなる。

 歯を強く食いしばりつつ閉口し、脂汗を滲ませ、目を大きく見開いている。

 そんなリオトの表情の変化を見ていたギュンターは、はぁ、と息を吐くと、


「――尤も、ヘリックス商会の責務も全うしていないお前に、騎士の務めを果たすなどという期待なんてしていなかったがな」


と諦めたように目を一度閉じ、再び鋭い瞳をリオトに向けた。


ヘリックス家長男(商人)としての責務も、自分の目標(騎士)の責務も果たさない。そんなお前が夢を叶えるなんて到底無理な話だな――」


「――もうやめろ!」


 その時、リオトの後ろからそう叫ぶ声が聞こえた。振り返ると、


「……ダン?」


 ギュンターをじっと見るダンの姿があった。

 その表情は怒っているのか哀しんでいるのか。全く読めない。

 そんなダンを見て、


「あぁ……」


と気が付いたようにギュンターは相槌を打つ。


「君達に聞かせるべき話ではなかったな。家庭の事情だ。すまなかったな」


「そうじゃねぇよ」


「ん?」


 飄々とそう否定するダンの真意がわからず、ギュンターの口から疑問符が漏れる。

 その疑問に答えるかのように、ダンは淡々とした表情で続ける。


「リオトの夢に口出しするのをやめろって言ってるんだ」


 その答えにギュンターはため息混じりに「……なるほど」と呟くと、


「それこそ君が口出すことではないな。あくまでこれは私とリオトの間の問題だ。君が入る余地はない」


「それはあんたにもねぇな」


「――なに?」


 ギュンターの眉がピクリと動く。ダンは相も変わらず、ギュンターを真っ直ぐ見つめている。


「リオトの夢はリオトだけのもんだからな。あんたが口出していいことじゃない」


「……何を言っているのかわからないな。そもそもリオトはヘリックス家の長男。ヘリックス商会を継ぐ義務があり、私がこの座――ヘリックス商会長を退くまでは私の下で働く予定だ。つまり私の部下になる。直属の部下に指図するのは当然。その方向が違えば正すのが上司の役目だ」


 それにこいつの親でもあるしな、とギュンターは冷徹な瞳でダンを見て、平然とした態度でそう答えた。

 部下が上司の言うことを、子が親の言うことを聞くのは当然とばかりの言い方に、リオトは下唇を噛みギュッと拳を握りしめた。


「だ~か~ら~!」


 痺れを切らしたようにガシガシと頭を掻きそう叫ぶと、


「例え上司であっても、親であっても、口出ししちゃダメって言ってるんだ! 助言は良いけど、やめろとか諦めろとかそういうのは絶対ダメだ。唯一口出していいのは――」


と自分の胸をドンと叩く。


「自分の心だけだ」


 そんなダンの目をギュンターは表情を全く変えずにじっと見る。ダンも同じく全く動かず、ギュンターを見つめ続けた。

 しばらくして、ギュンターは「ふぅ」とため息を吐くと、


「話にならないな。どうやら君とは最初から論点が違うらしい」


「そうみたいだな」


 ダンは踵を返し、「行くぞ、ウィー」とウィーに声を掛けると、部屋から出て行こうとする。

 真意の読めない急な行動にステラは慌てて、


「ダン、どこに行くの?」


とダンに掛けると、


「どこって、東の森だよ」


「「!!??」」


 淡々とした表情で、さも当たり前だというように答えた内容に、ダン以外のここにいる全員が目を見開いた。


「そ、それってどういうことさ、兄ちゃん?」


 戸惑いがちに皆が思っている疑問をレンが代表して質問すると、


「もちろんジームをこんなにした野盗に会ってくる!」


「いや、それはわかるけど、一体どうして?」


「あの野盗の連中、言っていたんだろう? 『命令を受け入れるなら命は助けてやる』って。つまりあいつらにはおっさん達を助ける術――たぶん解毒薬があるんだ。それを手に入れてくる!」


「でもそうすると、ジームが苦しくなっちゃうんじゃ……?」


 ステラもダンの答えに躊躇し、やんわりと止めようと口を挟む。

 だが、ダンは首を横に振り、


「そうはならねぇよ」


と否定する。


「何故なら、力尽くで(・・・・)盗ってくるんだから」


「「!!??」」


 そう意気込むダンに再び全員目を丸くする。


「ちょっと待ってよ、兄ちゃん! それだと余計ジームに報復が来るじゃないか!?」


 レンは冷や汗を垂らしながらそう意見するが、


「いや、ならねぇよ」


とダンは即答する。

 そんなダンの意図がわからずにレンはムッとしつつダンを睨みつけた。


「どうしてさ……?」


「俺はジームの人間じゃない。ただの旅人。あくまで『部外者』なんだ。たまたま部外者が野盗のアジトを襲撃して、たまたま解毒薬を手に入れて、たまたまジームの人間に売りつけても不思議じゃないだろ?」


 ただの旅人のダンが野盗から解毒薬を盗んだとしても、それはジームには関係がない。

 ジームに無関係な人間が勝手にやったんだから、ジームに報復が来るということもない。

 そういう名目でダンは東の森に行こうというのだ。


 そしてダンはギュンターに向かって指を差すと、


「あんたのことは気に食わねぇけど、それでも死んでいいなんてことはないからな。俺が解毒薬を盗ってきて、あんた達もジームも救ってやるさ」


 真剣な目つきでギュンターを見た。

 その横で、ダンの内容に「なるほど……」と感心するステラと、「兄ちゃん、そういう所は頭回るんだね……」と呟き呆れたように右手で顔を隠すレンの姿があった。

 そして、指差されたギュンターもしばらく考えるように黙っていたが、やがて納得したように頷いた。


「…………良いだろう。そういうことならば、成功した暁にはそれなりの報酬をやろう。薬の代金という名目でな」


「いや、そんなのいら――ング!」


「本当か、おじちゃん!?」


 報酬の話を断ろうとしたダンの口を真っ先に抑え、レンはおんぶの状態でギュンターを目を輝かせながら見つめた。

 そんなレンの言葉に答えるようにギュンターは首を縦にゆっくりと振ると、再び鋭い目つきでダン達を見て、


「ただし、ジームの傭兵は貸せない。あくまで君が勝手にした、という名目だからな」


「充分だ!」


 抑えてられたレンの手を強引に外し、ダンはそう叫びニヤリと笑う。


「よし、じゃあ行くとするか! ウィー!」


「ウィー!」


 ダンの呼びかけにウィーも右足を上げて応える。


「ハァ」


 そこでダンの両隣からため息の音が聞こえた。


「仕方ないなぁ。兄ちゃんにまた変な行動されたら困るからね。あたしも行くよ!」


「ん?」


「そうだね。私も何が出来るかわからないけど、一緒についてくよ」


「んん?」


 ダンの両隣で呆れたような表情を見せるレンとステラ。ダンに一緒についていくらしい。


「いや、お前ら、無理しなくていいぞ?」


「そう言って兄ちゃん、野盗のアジトの在処なんてわかるの?」


「ング……!」


 ジト目のレンに睨まれるダンはそう言われて言葉を詰まらせる。


「あたしなら大体の目星は付いてるからさ」


「目星って……どこなんだよ?」


「それは行ってからのお楽しみ」


 勿体ぶるようにそう答えるレンは何故か楽しそうにくくっと喉を鳴らす。

 そしてその逆を振り向くと、


「ステラも来るのか?」


「うん! 何が出来るかわからないけど、ジームにはお世話になったし、何か役立ちたいな」


 覚悟を決めた目つきでステラはダンを見ていた。

 その2人の様子にダンは嬉しそうに口角を上げると、


「よぉ~し! じゃあお前ら、行くぞ!」


「――待ってくれ!」


と意気込んで叫んだ所で、腰を折るように待ったの声が掛かった。

 リオトだ。リオトは緊張した面持ちでダン達を見つめ、意を決したように父ギュンターの方を振り向いた。


「父さん、僕も行きます」

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