4-14 事件の些末 後編
「邪魔するゼェ!!!!」
扉が凄まじい乱暴な音と共に開かれ、外から黒の外套を羽織った集団が入ってきた。
「何者だ!?」
部屋の中にいた商人に雇われた傭兵達はその集団が入ってきた瞬間には剣を抜き、商人達との間の壁として立ち塞がった。
「ヒュー。さすがここの野郎どもに雇われていることはあるネェ。行動が早い」
口笛と共に傭兵達へ賞賛の言葉を吹く集団の中の1人。フードのせいで目元が見えないが、おそらくこの集団の頭であることが雰囲気から感じ取れた。
「君達、何の用かね?」
「お前がギュンター・ヘリックスカァ?」
ギュンターは立ち上がり、冷静な表情で集団に話しかけると、頭は愉快そうな汚い声を発する。
「…………そうだが……」
と訝しげに眉を顰めつつ認めると、集団の頭の口元がニヤッと歪んだ。
「お前に西区大領主ウェザー様からの書状ダァ!」
彼は外套の中から丸筒を取り出し、ギュンターに向かって投げた。
得体の知れない物を雇い主が最初に掴んではならない、とギュンターの護衛――ガルド・マルセナはすかさず前に出て、その丸筒を掴んだ。
筒はあまり重さを感じず、中に軽い物が入っている感触。慎重に筒の蓋を開けると、確かに中身は紙。ご丁寧にも紐で縛られ、ドロンゴ家の封蝋もしてあった。あの輩が言っているのは――ウェザーからの書状であることは間違いなさそうだ。
ガルドは書状を取り出し、他に危険物がないことを確認すると、それをギュンターに手渡す。
ギュンターはすぐに紐を取り外し、紙を広げると、
「――これは……!?」
いつも冷静なギュンターの目が見開いた。
「ギ、ギュンター殿、いったい何が書かれていたのですか?」
ギュンターの異変に緊張が走る。商人の1人1人が冷や汗を垂らし唾で喉を潤わし、ギュンターの一言を待った。
「ジ……」
やがてギュンターはわなわなと肩を震わしながらも口を開くと、書状の内容を読み上げた。
『ジームにある全ての品を西区大領主ウェザー・ドロンゴに譲与し、今後仕入れた物も全てバートンに送り届けること』
「「なっ!?」」
驚愕と困惑にこの場が包まれる。
「こ、こんなの受け入れられるわけがない! もしこの書状の通りにしたらそれこそジームが終わりますぞ!」
「大領主様もジームが終われば西区がどうなるかわかっていたはずなのではないか?」
「ギュンター殿、この書状は絶対に断らなければなりませんよ!」
「いや、しかしウェザーのことだ! 断ればどうなるか」
「うるセェ!」
――パンッ!
書状の内容を聞いた瞬間、皆一斉に抗議するように大声で叫んでいたが、銃声が鳴り響き一同口を紡いだ。
鳴った方向を見ると、集団の頭が銃を上に構えていた。銃口から煙が上がるが、誰も被害を受けていないことから上に発砲したらしい。
静まりかえった空間で男は口角をニヤリと吊り上げる。
「勘違いしてるようだが、これはお願いじゃネェ。命令ダァ」
「――――!?」
「お前らにそもそも断る権利なんかねぇんだヨォ!」
「だが、ジームを滅ぼさんとするような命令をそう簡単に受け入れることはできないのも事実だ」
ギュンターは意気揚々と楽しげに叫ぶ男に向かってそう冷静に言い放つ。
書状を読み上げた時の動揺は既に身を潜めていた。
「ここは西区の中心。西区の経済を担う街だ。ジームが無ければ、西区の開拓はもっと遅れ、経済もここまで発展しなかった」
未だ開拓を続ける西区にとってその中心であるジームの存在は大きい。
ウェザーが台頭するまでは、王都から降りてきた技術や資金をバートンで受け取り、それをジームに流し、他の街に繋げることで発展してきた。
「ウェザーの重税に苦しむ他の街が――苦しくても――存続し続けることが出来ているのもジームの商人が物品の流通を滞らせなかったからだ。西区の街が存続してさえいれば、ウェザーも今のような良い生活を送れる」
そしてウェザーの政策が立てられても他の街がまだ生きられているのは、やはりジームの力が大きい。余力があるうちに商人が特産品を買い、そして売ることで、なんとか賄ってきたのだ。
「そしてウェザーへ最も税を払っているのはどこの街だ? 多額の寄付をしているのは? 最も貢献しているのは? 全てジームだ。ジームが崩壊すれば、西区の街はもちろん、ウェザーもただでは済まない。それがわからない奴ではないだろう?」
バートンと他の街を繋ぐ大きなパイプ役を担うジーム。その崩壊が招く被害は計り知れない。ウェザーだってのうのうとしているわけにはいかなくなる。
それをウェザーはわかっているはずだ。
だから今まで何も言ってこなかったのではないか?
そしてこれからも言えないはずだ。共倒れになるのは目に見えているのだから。
「ククッ」
だが、目の前にいる奴は喉を鳴らす。
肩を震わせ、下を向き、口を押さえ、込み上げてくる気持ちを我慢している。
「ハーハッハッハッハッハー!!」
しかしそれも束の間。
すぐにダムは決壊し、頭を筆頭に集団はゲラゲラと笑い始めた。
「何がおかしい?」
ギュンターは眉を顰め彼らにそう問い質す。
すると、リーダー格の男は更に笑みを零し、愉快そうに両の手を広げる。
「お気楽なもんだナァ! あの人の言った通りダァ!」
「何……?」
眉をピクッと動かすギュンター。
何がお気楽なのか。『あいつ』とは誰のことなのか。脈絡のない情報だけを言い放ち、そして謂れのない避難を浴びて少し憤りを感じる。
男はギュンターを煽るように口角を歪ませると、
「ウェザー様の付き人が言ってたゼェ! 『ウェザー様はジームのあの強気な態度が気に入らないそうよ』ってナァ!」
「――――!?」
その言葉を聞いた瞬間、ギュンターは目を見開き口を真一文字に強張らせた。
「き、気に入らないからって何なのだ!」
「そ、そうだ! それでもウェザー殿はジームからの恩恵を多く受けているだろう! 何が問題なのだ!?」
顔を真っ赤にさせ、反論する商人達。その言い分に周りも首肯し、集団を睨みつける。
だが、唯1人。ギュンターだけは違った。
「そうですよね!? ギュンター殿!? ……ギュンター殿?」
同意を求めるように振り返ってギュンターを見ても、彼は何一つ反応を示さない。そればかりかいつもの冷静沈着な顔がより硬くなっていた。
「さすがジームのトップだ。他の奴らと違って察しが良いようだナァ」
ギュンターの顔を観察していた侵入者は相も変わらずニヤニヤと愉快そうだ。
男の不穏な感想を聞いた商人達は「ど、どういうことですか?」と恐る恐るギュンターの次の言葉を待った。
「……ウェザーは、奴は、気に入らないモノは屠る男だ。そこに恩や義理は関係ない」
「そぉおおいうことダァ!! だからお前らには拒否権がネェ! もし、それでも断るようなら――頭を挿げ替える必要があるネェ」
殺気。
その瞬間、良からぬ雰囲気を感じ取った傭兵達は雇い主の前で反射的に武器を構えた。
だが、構えた瞬間、傭兵の1人にチクリとした針で刺されたような痛みが左肩辺りに急に走った。
命に別状がなさそうな軽い痛みなのだが、
「――――ッ……!」
突然の眩暈と吐き気、脱力感がして、崩れるように膝をついた。
「お、おい、どうした!?」
雇い主である商人が目を丸くし驚きの声を上げて、崩れた傭兵を見る。
その叫びを皮切りに次々に傭兵が崩れ落ちる。
そして最後の1人――ギュンターの護衛ガルドのみになり、彼にも見えない魔の手が伸びるが、攻撃の気配を感じ取り、持っていた剣を振り上げた。
見えてはいないが、何かに当たった感覚。どうやら防いだようだ。
あの怪しげな集団の頭が感心したように「ヒュ~」と口笛を吹いていることからも確かなようだ。
ガルドは防げたことがわかると、間髪入れず集団に詰め寄る。
傭兵達が謎の力でやられた以上、このまま放っておくわけにはいかないからだ。
何かを使われる前に無力化させるべきだ。
駆け出すと攻撃の気配が複数感じた。その気配を1つずつ剣で弾く。
ガルドは昔ウィールド国内で名をはせた有名な元冒険者。足の故障で現役を退いたが、それでも未だ力は衰えていない。
殺気とも思える気配を丁寧に落とし、後ろにいる雇い主も守る。
そうしながらも、現役時代さながらの剣幕で集団を倒そうと近づく。
「お、おいおいおいおい! 嘘だロォ!?」
その剣幕に圧されたのか、先程までニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていた男は焦ったように声を上げる。
それと同時に攻撃の気配がさらに多くなる。が、ガルドにとってはこの数は余裕だ。
こんな攻撃よりも気配が感じ取れず数の多い虫のような魔物も倒したこともある。それに比べれば、ただ見えないだけの攻撃なんて赤子の手をひねるよりも簡単だ。
「討つ!」
そして、相手が怯んでいるだろう間に一気に距離を近づけ、剣を振り上げる。
向ける先は集団の頭。頭さえ討ってしまえば後は動揺している間に抑えつけることができる。
そして切先が焦った頭の身体に届こうとしたところで、
「――な~んてナ」
一転。焦った顔から余裕の笑みに切り替わる。
その不気味さにガルドは嫌な予感がし、重心が前にいっている身体を無理矢理、腰を反らす。
振るう剣の勢いは止まらなかったが、男の身体を縦断することなく、その前方の空を切ろうとした。
が、そこに頭の手元から何かが放たれた。
剣の振るう軌道に入ったのは紫煙の入った瓶。ガルドはその瓶を避けることができず、ガルドの剣先が上を向いた頃にはガラスの破砕音がこの部屋中に響き渡った。
「――――!!?」
閉じ込められていた煙は拘束が解け、爆発したようにたちまち辺りに広がっていく。
最も近くにいたガルドは煙に包まれ、何も見えなくなる。
そうなった状況で彼が取る行動はひとつ。雇い主の身の安全だ。
例え、集団をここで逃したとしても、ギュンターの命が保証されなくてはならない。
踵を返し、いち早く主の元へ戻ろうとする。
(少し吸ってしまったか……?)
瓶から煙が噴出した時、驚きではっと息を呑んでしまった。毒ガスかもしれない得体の知れないものを吸ってしまった。
そのことを後悔しながらも、片腕で口を抑え濃い煙の場から抜け出す。
ギュンターの元に届いてはいるだろうが、さっき自分がいた場所よりかは濃度が薄い。自分の体調がまだ悪くはなっていないことからガルドよりかは幾分か無事なはず――だと思っていた。
「ギュンター様!? 大丈夫ですか?」
だが、ギュンターの元へたどり着くと、彼は力なく片膝をつき、辛そうに目線を地面に向けていた。
自分よりも遠くにいたはずのギュンターの体調が崩れた。
――ドサッ! …………ドサッ!
そして、ギュンターだけでなく、人が倒れていく音が――時間差はあるが――次々に聞こえてきた。それでもまだガルドの身には何ら異変もない。
(一体何故?)
とギュンターの身体を支えつつも、困惑していると、
「ヒュ~。お前はまだ無事だったのカ」
煙の奥からこちらにやってくる集団――その頭が口笛を鳴らしながら、ガルドの頑丈さを称えた。
男達の顔面にはガスマスクと思しき仮面がつけられ、あのにやけた口元は見えなくなっていた。
「貴様ら! 一体何を――……?」
「――だが、それも時間の差だナァ」
ガルドは頭に向かって問い質そうと叫んだ途端に急に全身に力が入らなくなった。身体は痺れ、麻酔を受けたように言うことを利いてくれない。
ギュンターと同様に片膝をつき、だが、屈強な精神で顔だけは敵に向けていた。
「な~に。安心しナ。すぐには死なねぇヨ。あの人が言うには少なくとも1日は死なねぇらしイ」
「き……君達の望みは何だ?」
絞り出すように声を発するギュンターの言葉を聞いた集団は
「プハハハハハ! お前ら、聞いたカァ! 『俺達の望み』だってヨォ!」
と馬鹿にしたように高らかに笑い声を上げる。
「バカが! 俺達に望みなんてあるわけネェ! 俺達はただお使いを頼まれただけダ!」
「――――」
「ただ、まだお使いは完了していないがナァ」
「何?」
「俺達が毒ガスを使った時、ウェザー様の使いから言伝を頼まれているんダ!」
そして、集団の頭はその場にしゃがみギュンターの頭を鷲掴みにして、無理矢理、目線を合わせると、
「『ウェザー様の命令を受け入れるなら命は助けてやる。だが、断るなら、ジームの頭を挿げ替える必要がある』ってな!」
言い終わると、ギュンターの頭を投げ捨てるように手を離し、男は立ち上がった。
「今から1日、時間をやる。それまでに答えを出して、東の森に潜んでいる野盗――まぁつまりは俺達の元へ来ナ! はい、かイエスの返答ならいつでも受け付けているからヨ!」
よし、ズらかるゾ! と男は全ての用件を済ませると、集団にそう呼びかけ、去っていこうとする。
「アァ! 言い忘れていたゼ! 行き違いがあったら駄目だからナ。東の森に来たら『ブリガンド様に会いに来た』って叫びナ。迎えに来てやるからヨォ! じゃあナ!」
そう吐き捨てると、集団はこの部屋から姿を消した。
紫煙は未だ充満している。
「ガルド……動けるか?」
「なんとか……」
ギュンターの言葉に何かを察したガルドは震えながらも立ち上がると、近くにあった椅子を抱えた。
「――――フン!」
そして、ギュンターの背後にある窓に向かって駆け出すと、精一杯の力で椅子を投げ飛ばし、
――パリン……!
窓ガラスを思いっきり割った。その音を最後にガルドは壁に寄りかかり、ギュンターも意識が飛んで行った。
★★★
「――これが、あの場で起きた一部始終だ」
そうしてギュンターの話が終わる。話を聞いたダン達は難しい顔をして、ギュンターを眺め続ける。
「私達の命はもって1日。それまでにウェザーの命令を受け入れるか決めなければならないのだ」
それはジームの今後に関わる重大な決断をしなければならないということだった。